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父親。

その存在は、蓋を閉めて骨と共に土の下。
探すのも和解するのも超えるのも殺すのも、全て目隠し封印し、見ないふり、気にしない振り。 この先も、出来ればそうしておきたい。
しかし、課題図書になったり、また半沢直樹(父もメガバンクのバンカーだった)をドラマでやってたりと、これでもかとやってくる。スピリチュアル的な表現をするなら「まだ学びが終わってない」から、同じことをループ体験させられてる、と。

仕方ない。片目だけうっすら開けて チラ見分析だけ、触っておく。 (むっちゃ逃げ腰)

物心ついた時にはすでに「ママは大好き。パパは…苦手」。
テレビのチャンネルを容赦なく変える。文句など言おうものなら「うるさい!」
食事中、左手がテーブルの上に出ていないと容赦なくぶっ飛ばされた。(意味不明。行儀の問題だったのか?)
休日に連れていかれるのは、自分のサッカーための銀行のグラウンド。夏はコーチをしていた少年サッカークラブの合宿。年に1度のスキー旅行(母が行きたがった)も、荷物は重いし、寒いし、ぐずれば怒られる。
おんぶも抱っこも記憶なし。一緒に手をつないで、動物園に行ったり、遊園地に連れて行ってもらった記憶など「カケラ」もない。高校時代、父が単身赴任で2年ほど京都に行ったときには全力でせいせいしたくらいだ。

そんな父は、私が「結婚を前提に一人暮らしする引っ越し当日」に、一人で勝手に逝った。置き土産に大きな大きな借金を残して…。

過去になった人に対しては、だんだんと良き思いでしか残らないようになるというが、
いまだに私は「勝手なやつ」という思いがクッキリハッキリ存在している。母に言わせると「随分とあなたの事を可愛がっていた」というが、私にしてみれば「はあ?」である。

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父滅の刃の表を見て、腑に落ちた。
父は赤丸のところの存在。
大学を卒業、銀行に就職し、すぐに結婚。25歳で父になったものの、「そして父にな・・・らなかった」
不器用でお子ちゃまな構ってちゃん。
父が父であり続けるには「稼いでいる」「支払っている」ことでしか、自分の存在価値を家族に示せなかった。

そして、それは娘にとっては「どうでもいい価値観」だったということ。

この差がわからない限り、
父の存在価値は子供たちにはつたわらない。
なので、父と同じパターンの行動を繰り返す夫には、この差を伝えるべく日々「そうじゃない」といい続ける日々である。


#ふみサロ
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#父滅の刃