愛の反対は憎しみ

愛の反対は支配

愛の反対は無関心


いろいろな愛の反対語がありますね。

ここでは、どれが正しくてどれが間違っている、と言いたいのではなく、私の思う愛の反対語について、書きたいと思います。

少し前ですが、バシャールからの引用で、「愛の反対は罪悪感である」というのを、どこかで見ました。twitterかfacebookで断片的に流れてきたんだと思います。

罪悪感というと、何か罪を犯して、それに対して後悔するような印象を受けますが、恐らくバシャールが言いたいのは、自分自身に対してダメだとか、これではいけないのではないか、とか、価値がないと感じる感情のことを言いたかったのではないかと思います。

愛というと他人に与えなくてはいけないもの、と思われがちですが、このブログでも何度も書いてきましたように、自分が幸せになることが、他人へできる最高のことです。
(他人シリーズは こちら

さらに言うと、本当のところはすべてはひとつなので、自分しかいないのです。
だから、愛も本当は自分にしか与えることができない。
他人というのは、自分が創っている現実の中に存在しているだけなのです。

というわけで、私は「愛の反対は自己否定」と言うのが、日本語でいちばんぴったりくる言葉なのではないかな~と。

とにかく、自分を愛して幸せにすること、それが世界を幸せにする、だから、その自分を否定することこそが、愛の反対語なんですね。


ここまで書いて、ちゃんと調べると、バシャールペーパーバック4の16ページにこの記述があることがわかり、持っているので開いてみました。




そうすると、ちゃんとこう書いてありました。

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自己否定について。
この文明では、「憎しみ」が「愛」の反対語だと思われていますが、それは愛の反対側であっても、反対語ではありません。
真の愛の反対語は「罪悪感」です。
私の言う罪悪感とは、なにかバランスが崩れたときに、それを直さなければいけないというところからくる自然の罪悪感ではなく、自分自身の存在そのものを否定するような罪悪感のことです。
どんなに小さな「否定」だとしても、です。
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この”真の愛の反対語は「罪悪感」です”のところの、原文がどうなっているか知りたいですね~。もし知ってる人がいたら、教えてください!!


自分というのは、本当にすごい存在です。
自分を信じて、自分のやりたいことに前向きに取り組めば、必ず道は開けてきます。
そして、それこそが、他人にも良い影響を与えるのです。
常に自分を肯定していいのです。それを自分に許してあげてくださいね。


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