月別アーカイブ / 2018年06月

自分の生きてきた道を否定することは困難だ


自分に欠けたものを認めると同じくらい切ない


僕らはとても無知であり


人に何かを教えるほかに


人に何かを伝えることさえ


なかなかうまくいかないものである



たかが50年の月日に


時代という波


何かが流行り、何かが廃っていく



どの時代も若者は反発をして



もがいている美しさがある



僕らもそうだったみたいに



我慢をすることが大人の名刺代わりに



スポ根と呼ばれた精神論



歯をくいしばる美学を教わってきたんだ




そして新しい価値観が生まれ



時間短縮や無駄を理解し



パフォーマンス向上をはかる



賢い現代



どんな日本を作っていくのか



楽しみ



そして自分もその一端として


チカラになれますように



世代は世代を縛り


拒絶し


徒党を組むんだ


同じ日本で



本当は若者も青年もおっさんもない


理解し合うということが必要だと思う



僕らは間違った教育を受けてきた


この前提を考えた時


はじめて見える世界が僕にはあった



そうかもしれない


“かもしれない”が


僕らが理解し合うのに必要な鍵




おっさんたちよ


俺たちの時代は良かったなんて言わないでさ

電車の中でスマホ画面をのぞいている自分たちだってもう立派に現代人だよ

考えごとをする時間がなくなってきてるんだってね

余った時間を想像することに使ってきたことが無駄なわけない。


僕はそう思ってるわけです。


若者たちよ


羨ましくもあるよ。
問題が浮かんで、解決するのに
一週間待って図書館いったりするしかなかったのが
今はこんなにも早く解決できる

どんどん問題を解いてさ

さらに知識を深めてほしいや



一人で解決することが容易くなる

ほとんど出来るようになる


1つおそれることは


考えることをしなくなる可能性があるかもしれないということ


考えなしに答えにたどり着くリスクがあることだけ


あたまの片隅にあるといーかも




そして


どの世代にも


相手を思って吐く言葉がある


独りよがりな本当の独り言が増えている


それは


僕は寂しいなと思うんだよ


世代関係なくね


見えない相手を想う言葉がある


それはとても美しい言葉なのだと思う







ポケベルやピッチと呼ばれる

通信機器が流行した僕らの学生時代

学校の人間には内緒で持ってきてた

仲間は大概持っていたし

興味がなくても置いてかれないように

インスタとツイッターとか

現在SNSと呼ばれるものを高校時代の仲間はやっていないから

この時代に俺たちが学生だったら

どんな投稿してたんだろうなー?って考える

きっと面白おかしくしてたんだと思うし

少し、今の時代を羨ましくも感じる



そう

大切なことは


色々な生き方があるということ


毎日携帯をさわる僕みたいのもいれば


全く触らないだれかがいて


家でゲームをする子がいれば


外で体を動かして遊ぶ子もいる



だから身体を動かしてゲームをする


バランス人間にやはりなりたいものだ


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ただいま帰宅


今日はAiemuTVの動画撮影。


今日は特にステキな時間だったよ


1つやりたいことが叶った日だった


だれかが音楽を続けているのに対して


だれかが音楽をやめている


音楽の活動って奇跡なんだよね


だれもが続けていけるわけでもないし


そこに対して大切なものは


好きかどうかって話で



久しぶりに現場に帰ってきた男


俺にとってはライバルでもあり


自分にないものを持っているやつだ



今シーズンのAiemuTVにゲスト参加することになった

  

相変わらず最高のボーカリストだったし



ナイスプレーだった



うん



もっと気楽でいい



音楽ってそれでいい



この時代を生きる俺たちの指針が



中心地点だ



いちミュージシャンである前に


いちリスナー



音楽って楽しいエンタメ



俺は目一杯楽しむのよ



 分かち合えれば最高さ

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