まず最近書いたけどここに連絡するのを忘れてた記事を紹介します。

『ポケモンGO』日本リリースで起きるであろう面白ハプニング50

 
 オモコロの記事です。めちゃくちゃに拡散してしまったせいで来るべき未来がちょっと歪んだ気がします。知らない人にいっぱい「性格悪い」って言われた。

『ファイアパンチ』の1話をみんな褒めるだけ褒めて忘れてはいないか

 
バーグハンバーグバーグの新メディア・ヌートンで書いた記事です。ファイアパンチという漫画が好きなのでレビューというか批評というか、「私はこういうスタンスで作品を楽しんでます」という話をしています。僕はなにかを褒めても悪口を言っていると思われることが多いです。違います。




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最近、素直がブームのような気がする。

というのも、みんな、わりとブームに素直に乗っかりますよね。
ここでいう「みんな」っていうのは、なんていうのか、僕に似ている人たち全般を指す。つまり、ネットで何か発信していて、物事を俯瞰で見るクセがついていて、マジョリティとマイノリティなら自分はマイノリティだと信じているような人たちのことだ。クラスに1人いる根暗なタイプ。ぜんぜん「みんな」じゃないな、これ。

そういうタイプの人たちは、20年前ならたとえば「Pokémon GO」なんてやってなかったと思うのだ。クラスに1人の根暗は、ポケモンの話題で盛り上がるクラスに20人のマジョリティを尻目に爪を噛みながらつげ義春の漫画を読んでいるべきではないのか。

なのに最近のマイノリティ系・世間を斜めから見る系の根暗族は、とりあえず流行に触れてみて、なんなら結構楽しんで、へぇ、いいですね。みたいな感じを普通に出せてしまう。

ネットのおかげのような気がする。

根暗族が流行に乗りたがらなかったのは、かれらが世間と自分との間の感覚のズレを重視していて、流行に乗ることで自分自身のオリジナリティみたいなものが蔑ろにされてしまう危機感を持っていたところが大きい。クラスのアイツと俺とはちがうんだ、みたいな。

ところが、ネットがつながってるとどんなマイノリティの母数も膨れ上がる。クラスに一人しかいない根暗も、全国規模で見ると何十万人もいることがわかってしまう。マイノリティだろうがマジョリティだろうが、それは単なる「マイノリティ組」「マジョリティ組」という規模の違うサークルがあるだけで、どっちに所属するか、という問題にしかならない。

ようは、流行に乗らないということが、まったく己のオリジナリティを担保してくれない。

なので、もうみんなそこはどうでもよくなっているのだ。とりあえず素直に乗るだけ乗ってみて、そのあとにどんだけひねたことを考えられるか競っているのだ。


という、仮説。