山田伊純 公式ブログ

伝統芸能である能楽の役者として舞台に立つ。能楽金剛流シテ方。6歳にて初舞台。18歳で初主役。宗家のもと5年間住み込み修業を終え独立を果たす。また、各地方で能楽のワークショップ活動も行う。現在、東京と京都にて能楽のお稽古教室を持つ。平成元年生まれ。同志社大学卒業。

能面と対面

6月12日に使用する
増女(ぞうおんな)という
能面さんとご対面


心からにて澄むも濁るも 
同じ流れの様々に
加茂の川瀬も変わる名の


【題名の説明】
神職の者による里女への問い

なぜ矢がご神体なのに
今祀られている矢が
当時のものではなくて
新しい現代のものであるのか

この問いに対する里女の答えは
"心の持ち方ひとつ"
ということ

それは考え方を変えると判る。
「新しい」とか「古い」とか
"そのもの"であるなど、
表面的なことや見て判ることは
そう大事ではない。

この矢が流れ着いたことにより
人間が神と交わることができる
この有難さに感謝をすべきである
つまるところ事の本質である


賀茂川も南の方へ行けば
白川と呼ばれ川の名が変わる。
ところが名称が変わりても
同じ水であるのは
誰にでもわかりますね。
そのように謡では説明しています。



先日、加茂のことを考えながら
近くの賀茂川を訪れました。

修行中はなかなか外出が
許されなかったが
この頃は勉強に気が向かなければ
外に出て散歩をすることが多い。

自然のもつ開放的な場所にいると
精神的に楽になる
おまけに川の音のお陰で
声を出してお稽古をすることも
可能である。
但し喉に良いとは言えぬが…

上手なのだか下手なのだか
判別のつかぬ楽器の音も流れる。

遠くから眺めていると
人々が自然に溶け込んでいる。
木陰で寝ている者や
のんびりと読書をする者
また楽しく会話をしている者たち 

人も虫や草木、
川などの自然と
一体となる。

またその中
草花は美しい色や芳しい香りで
自身を表現しているように見える

虫たちは飛びまわり羽音を立てて
人々はまた別のかたちで
私は謡で…?



鴨の親子が近くまで来られました



ほかのものたちも


つづく

半ば行く空水無月の影更けて 
風も涼しき夕波に心も澄める水桶の

【題名の説明】

"サシ"で謡われる詞章です。
これはシテの登場後に多く
心のうちの事や、
風景描写を謡います。


六月の夕暮れ時
風が心地よく
日中の暑さを忘れる
涼しげな風景描写

であることが判ります。


先日、加茂三所(かもみところ)
新所(しんしょ)のひとつ
松尾大社に参拝に参りました。
こちら社殿が造営されたのが
701年といわれております。
この時代が想像もつかない
と思われますが
なっとう奈良の710年
平城京よりも前のことで
京都で一番古い 神社です。

秦氏(はたし、はたうじ)という
朝鮮半島の方から来られた
氏族は偉大な力を持たれていて
彼らがこれを氏神とお祀りし、
松尾周辺を開拓していたと
いわれております。

今回の加茂の御祖神、つまり、
川から流れてきた矢を取り
軒に挿し懐妊した女性は、
秦氏の方でした。
ですから御祖神が松尾に
祀られているのですね。

前にも何度か奉納の記録を
ブログに書きました。

松尾さんには流儀の大先輩
松野先生の関係で
毎年春と夏に奉納を
勤めさせていただくのですが、
改めて参拝は初めてのことでした。


写真にはおりませぬが、
この参拝には能面師
北沢美白さんと参上しました。

彼は今回の加茂の面(おもて)
制作いたします。
ご一緒して御祖神にご挨拶を
いたしました。


来月6月12日に上がる
加茂の能面は彼の作品の予定です。

彼の作る能面は、
使用する素材がすべて
土に帰る自然素材

現代では自然のものではなく
人工的に作られたものを
利用されることも多いとか
まったく能面に限りませんね

能装束同様、
人間の体も、
自然に生きるものは
自然へと帰るべきである

以前、美白さんの工房で
能面本体となる木の塊や
彩色時に使用する大きな貝殻を
見せていただきました。
加えて、能面の素材の話
職人さんの話などを聞き、
彼は草木など自然の力を借りて
誠に人間らしいものを
作っているのだなあと感じました。



能楽師が能を舞うことは
植物の花が咲くことと同じく
自然のなかの一つであることを
信じたい
ゆえに能で使用する能面も
自然に帰るものがよいと
私は思う

彼との接点は
自然に自然のことで合致
しているのだろう

彼との活動のお話はまたいつか。



続き 


ここでおさらい…
"シテ"とは主役。

能で焦点が当てられることが
多いものは、
幽霊やこの世の者では無いもの
お花の精や、魂など…
能面の微妙な動かし方に加え
(かた)という動きなどにより
感情表現をいたします


対しまして、
ワキは脇役的な存在。
主に物語の進行役を務めます。
能面を必要としません。
その物語の時代を生きる人物
とでも言いましょうか。


また
加茂には、シテツレ(ツレ)
という登場人物がおります。
シテである里の女についてくる
別の里女の役です。

また、後場(のちば)※において
御祖神を演じます。
このツレはシテよりも
能において格下です。

但し基本的には
物語進行において
非常に大切なことから
普段シテを演じる役者が
シテツレを勤めます。


※後場…
能では前(まえ)後(のち)と
場面が変わることが多い。
その場合は少し難しいですが
複式夢幻能という形式が多い。

今年の松尾大社の奉納の際に記念撮影

今回、
ツレの里女と(後場の)御祖神役は、
金剛流の先輩能楽師である
宇高徳成さんに勤めていただきます。

本来は先輩にシテツレを
勤めていただくことは、
(役柄によってはありますが)
滅多にないことです。

今回は徳成さんにお願いしたいと
お伝えしましたら
快諾をいただきました。

舞台上で甘えることなく、
勉強させていただきたいと思います。

楽屋弁当と宇高徳成さん


宇高徳成ホームページ



御手洗や 深き心に澄む水の 
加茂の河原に 出づるなり

みたらしや ふかきこころにすむみずの
かものかわらに いづるなり


内弟子中に訪れた上賀茂神社

【題名の説明】

前回の登場人物 ワキ方 の
神職の者たちの前に、
能「加茂」におけるシテ(主役)
里の女たちが現れます。
題名の謡はその場面の詞章です。


"神社に流れている川の水が
神様の深い心を表して
澄み渡っております
その加茂の河原にから参ります"

と言う意味です。

昔から日本人にとりまして
水は神様と同じものだと
考えられてこられました

険しくも美しき山脈の多い
自然豊かな日本の国土のなか
清らかな水のあるところには
必ず神社があるのはその理由です。

その水が透きとおり
澄んでいる姿というのは、
全く神様と同じであるという
事なのだと思います。


ここで、
加茂の話を少し致します。






神職の者が賀茂神社に参ると
河原に土が盛られて白羽の矢が
立てられておりました。

彼らはこれを不思議に思い、
近くを通りかかる者に
聞くことに決めました。

それが今日の主題の里の女です。

彼女たちは水汲みに
来られて
おりましたが、切にも、
遠くから来た神職の者たちに
その矢の謂(いわ)れをお話しになりました。


聞くところによると、
昔、賀茂神社で毎日
水汲みを
していた女性おりました。
彼女があるとき川で水を汲むと
川の上の方から一つの矢が
流れてきました。

これを持ち帰り、
家の軒にさしました。
するとその女のところに
男児が生まれました。

村の者は不思議に思い、
この子が三歳のときに
"父は誰だ"と尋ねますと
なんとの子は矢を指さしました。
すると直ぐに矢は天に上がり
昇ってゆきました。

この子の父親は神
であり、
この子は別雷神(わけいかずちのかみ)
となりました。

また、その母である女も
御祖神(みおやのしん)という神になり
それぞれ祀られました。
それを賀茂三所(かもみところ)※1
と呼ばれる名所となりました。


※1賀茂三所…
上賀茂神社、下鴨神社、松尾大社
矢の正体は火雷神(ほのいかずちのかみ)
この神は群馬に祀られています。


そのような理由により
矢をご神体として
祀っているのだと言う。

詳しき神話をされたので
一体何者であるのか、と
お尋ねになりますと

里の女は、
"自分は高貴な神である"
ということを告げ、
たちまち姿をくらませました。

(能では後場と場面が変わりまして)
やがて神職の者たちの前に
美しい御祖神が現れて舞を見せます。
すると山河草木が動揺し、
別雷神が神職の者たちの前に
出現しました。
そして、風や雨、雷鳴を響かし
稲を実らせる姿をあらわしました。
そのように神の道をお見せになり、
天へお戻りになられました。


以上が加茂の能の概要です。
抽象的な箇所もあり、また
写実的な表現も共に多く、
見どころは沢山ございます。

もちろん、簡易な意訳ですから、
ご興味のある方は図書館にて
謡曲大観などといった
能の解説書をお調べくださると
知識は深まります。



これを書きながら
稲妻の事を書いた記事を
思い出しました。


つづく


【まとめ】
加茂 1-1
加茂 1-2

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