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ブログ書こう。

夢のパレードツアー、終わり。
たくさんの場所でのたくさんの人
何年か前じゃあ想像もできなかったなあ、ってくらいに、ほんとにたくさんの人たち。
会社帰りの男性のスーツ
女の子たちのかわいい笑顔と涙と
どうしようもないくらいに伝わってくる手紙たちと
おいしいその土地土地での食べ物
あったかい寝床に
晴ればっかりのお天気
夢のパレードという曲をリリースできた2016年は奇跡みたいな、1年だと思った。
自分でもなんのこと歌った歌だかわかんないなんて。ねえ。
そしてこんなにもたくさんの人が
こうでした、こうでした、こんな歌ですか、こんなものが見えましたって声を上げてくれるなんて。なあ。
アート というものを今一度見つめた。考えた。
今回のこれは、なんというか、しなやかなコミュニケーションだった。


合間、合間で学園祭とか
地元でのイベントもあったりして
わたし 地元久留米のふるさと大使になれたりして、最近。すごくうれしかった。
そのお話もたくさんできたりしてね、
すごくうれしかったの。
学生さんたちのまっすぐな熱意に 胸を突き動かされたり、頭小突かれたりしたの。
前を見て、下見て、前見て、荷造りして、動けなくなって、下見て、また前見て。そんな日々で。



それからねえ
12月に突入していた。


みなさんすでにご存知でしょうかねえ
アルバムが出るんです。
ロンリーナイトマジックスペル と名付けました。
思いの外 思いがいっぱいいっぱい詰まったタイトルで
たくさんこれについてインタビューでおしゃべりしたり、
テレビで歌を収録してもらったり、
大切な曲を こうして こうして歌えてほんとにしあわせなんだな、わたしは。うれしい。そう思う。
とにかく 聴いてほしいな。
とにかく 今までが、わたしが生まれてこの方この体で生きてきたものが、一枚になったような そんなはじめてのきもち。だから聴いてほしいなあと 思ったりしてる。


んー。また振りかえるんだろうな。
最近こうだった、こうだったって。
なにせ12月だから、一年というものがまた切り替わる時期だから、またどうせしっかりとふりかえるんだろう。こまったなあ。なんでこまっているんだろう。あんまり、ほんとに、特に最近ほんとに、自分がなんでこまってるんだかとか、うれしいんだかとか、わかんないことが多い。よくぱにくる。んで泣く。はは。しょうがないと思う、そんな日々もあるんだと思う。でもぜんぜん大丈夫なんだとも思う。なぜなら、そうやってわたしは大丈夫になっているんだと思う。これまでもそういや、そうだったんだと思う。


せっかくだからもう、軽くだけふり返ろうと思う。
心配してる人もいるかしらと思ったんで改めて書くんだけども、こんだけツアーやら何やらで家を空けてしまうので、ララちゃんのことが気になって、あとその他もろもろのいろんな事情もあって、久留米にいた母親と、大阪でしばし暮らし始めた。そのために夏前は、怒涛のように物件を探したり引っ越しをしたりした。
母親は子供のような人だ。子供のようなというか、少女のようで、そして強くて、とてつもなく弱くて、表情がくるくると変わり、話にオチをつけるのがうまく、あまり家事が得意じゃないんだけど、ご飯を作るのがうまくて、ご飯食べさせたがりの、申し訳ながりの、なぜか突然ドラムを始めたり、カラオケに行けばとてつもなく気合いの入る歌を歌うような、そんなような人です。とにかくなんかすごくおもしろい人で、早くなんとかしてそのすんごい人生を漫画か小説か絵本か何かにしてくれたらわたし、いつでも読めるのになって思ってる。そんな機会が訪れるのかわからないんだけど。いや訪れないと思うんだけど。あればいつでも読みたい。
で、そんな母と、15才、10年ぶりの家族と2人暮らしがひとときはじまったけれど、あんまかんたんじゃない。でも、お母さんのことは、わたし大好きなんだよ。
ほんとはなるべく寂しくさせたくない。でもきっととってもさみしーと思う。元気であることを心から願っている。離れてた時より、ずっとずっと思う。すべてすべてを書くことはできないけど、みんないろんな日々を乗り越えているから、わたしもがんばろうと思える。みんなすごいよ。そんな日々です。

んー、そんな、夏前の引っ越しの荷物をほどく間すらないまま衣替えいらずの冬が到来し
そしてはやくも12月が到来し、た。
あらためて、ふしぎーな一年だった。


1人でいることの大切さも感じた。
これまで1人というと寂しさばかりを感じてたけど、むしろ尊さも見つけた。
わたしの歌う理由って、子供のころから、というか
私が生まれてきた理由自体が、歌にあった。
なぜなら、両親が出会ってお互いに恋をしたそのもともとのきっかけが、歌であり、
歌うことによって 2人がつながっていた。
わたしが歌うことによってまた。
そして今も歌が、わたしを助けてくれている。
そんなことにやっと気がついた。だからふしぎな一年だった。

すべてを言葉にするのは難しい。てか無理だ。
でもなんとなく なんだかで伝われば それでいいと思ってるんだ。歌だってそうで、
本当の意味なんていうのは どちらでもいいなと思っているんだよ。そばできらきらした時間をひととき作ってくれるなら、その歌があなたのそばにあるならば、それがうれしいんですよ。

時が経って
時が経っていくのを感じる。
ららちゃんの顔をたまにぐりぐりマッサージしながら 思うんだ。時が経ってるんだなあと。
大好きな気持ちで超えていきたい。


たくさんの人たちが 手を貸してくれています。たくさんの時間、たくさんの思い、たくさんの情熱、たったちっぽけなわたしの夢が いろんな人たちの手を伝ってまたべつべつの夢をのせて 頭上に漂っていってるのがわかる。
年末にはカウントダウンジャパンがあったり、年明ければツアーもはじまる。
ドキドキするよ。
いつも、今回こそやばいかも。わたし、大丈夫か、いけるのか。って、ほんとに思ってるんだけど、たくさんの人たちのパワーが集まってるのを感じてて 、大丈夫じゃないわけないなと思ってたりもする。

大きい空に流星群のお知らせを聞いて いそいそ寒い中あったかくして外に出て みんなで空を眺めて待ってるような そんな感じ。
いいライブになるといいな。
ロンリーナイトマジックスペルツアー。


アルバム。発売日になるの、待っててね。
お店に届いたら見に行こう。
わたしはそれをいつかまた福岡で、母の運転する車で聴ける日が来たらいいなあ。そんな日がくることを願っている。わたしにとって 子供時代とつながる一枚だからなんだろう。いろんな夢がつまっているから。


みなさんいつも、ありがとうございます。
まだまだまだまだ 前を向いて
ときに座って空を見上げて がんばりたいなとおもっている、2016年の終わりがけです。
久しぶりの ブログでした。

https://www.youtube.com/watch?v=h5qIy25I8fM 



魂の重さは21gらしい
春が来て夏が来て秋になり日本の大阪という湿度の多いところで はあ秋だわはあ暑いわとか思ってる はあまた雨だわ はあやっと晴れたわ やっとお洗濯だわ 思いきやまた雨だわ 自転車なのにやだわ

通りひとつ変わるだけの引越しで
窓から聞こえてくる車の音が全然違う 救急車がたった今も停まって この部屋の方がよほど静か
なにも生活が整っていかない 日々に追われまくりなのは嬉しいことで 窒息するほど有り難いことだ。私にとって音楽は空気みたいなもんだろうか。空気を吸いまくって窒息することなんかあるだろうか。や、私にとって音楽は空気みたいなもんではない。彩りであったり栄養であったりに近い。ないとさみしいしあればすごくすてきなんだ。

25歳から26歳になった。年々大人になっていく。いい大人の人が「いつか大人になったら」って話すのがすきだ。どうでもいいことたくさん、どうでもいいことたくさんあるけど私は、自分で思ってるよりよっぽど神経質で楽観的。よっぽどわがままで繊細。よっぽど気つかいでプライド高く。人が好きで一人が好き。そんなこと思う。なんだってプラスアルファくらいのきもちで受け止めて、やったね、うれしーね、こんなことできるねってやっていきたいんだけど、それがマストになればなるほど、おなじことだって窮屈になる。
本来仕事とは窮屈なものかもしれないけど、音楽は窮屈なものであってほしくない。正真正銘わたしにとって音楽は仕事なんだけど、それだけじゃない。それでごはんたべてるんだけど、それだけじゃないんだ。ぜんぜん。

人にわざわざ説明したくないことが増えた。
誰にだってこれが解るなんて思ってない。誰にもわかんないとも、思ってないよ。ただタイミングとか巡り合わせとか、そういうものの中でわたしは生かされているだけだ。そこに自分がほんとうに、自らの意思で選んできたものってどれくらいあるんだろう。
いつも選ばされてきている。やな意味じゃない、前向きに選ばされている。何かわからないちからに。わたしにはこんなことできるんだよ、って思いながら生きてきたことなんかない。これしかできないのだ。少なくとも今は。これしかできないから、それをやってきたのみ。いつだって、そうするしかないのだ。でもそれが、意外と得策だったのかもしれない。わからない。

根性のないやつがきらい。優しくないひともきらい。優しくて根性のある人がいい。そんな大人に私はなりたい。いつまでも子供なのはいやだ。そんなずるいこと、大人になったらまかりとおらないのだ。みんなそれぞれ、なにかしら背負ってる。そんなの年々重くなる。弱さだって持ってる。いつまでも逃げちゃだめだ。弱いとこに気づいて、落胆して、受け止めて、やっと大人になれるのかもしれない。鈍くなるわけじゃなくて、ひとつひとつ確認せずとも 信じていられるようになるのが、大人になることなら 大人も悪いもんじゃない。いつまでも不安だ、不安だって唱えていられないから。だから、そのつど音楽が生まれて そこに挟まっていくのか。なぜなら歌だったら、そんな思いすらも救われるから。


心と体は繋がってるのかもしれない。こんな季節にはそゆこと思う。移ろいゆく季節に置いていかれそうで、心はさみしがってるのかもしれない。音楽を聴いて自分ひとりが、ひとりだってこと気づけば、自分にできることまた考えられる。大切な人のこと思い直せる、かもしれない。もともとひとりぶんの体に、ひとりなんだから。ひとりぶんの感性。1年経って、ひとつ年をとって、来年のわたしがどんなこと考えてるかすら、想像つかないからね。
新しいシングルを作って 新しい曲を作って 新しいライブを考えて 届けていくからね。
消えてしまいそうな思い出に
コントラストの強い赤と、黒で、紺色の夜に、忘れたいこと、ぜんぶキラキラしたものにして、ぜったい忘れないんだ。時が経って、いつのまにか。すべてが大切な思い出に変わるんだ。夢みたいに実感のない、現実みのない思い出を、もはや夢でも 現実でもどっちでもいいから ぐにゃぐにゃの 二度とさわれない感触を 音楽に変えて さみしくてやりきれないかもって思うような夜のこと 忘れたくても絶対、忘れないでいようと思う。それがなにより ロマンチックで 恥ずかしいことだと思うから。いつか死ぬ時、どうせなくなっちゃうんだから。

夢がうしなわれるのはせつないね
諦めそうになるタイミングってゆーのは 
夢を夢と見られなくなるかも、やだなってタイミングで訪れるんじゃなかろーか

別に夢見なくても 諦めても
いいんやけどさあ。ほんとに。
どっちでもいいんやけどさああ

がんばります、とか
がんばろうと思えましたとか、
そういう言葉をもらうと、私、うれしくって、
あと同時に、そんなの!わたしこそ!負けないぞ!て気持ちになるよ
音楽が 好きだからだと、おもうー

今日の日のことは言葉にかえづらいなあ
うれしくって なつかしくって
さみしくって 思いがけなくって
かなしくって 優しい 
なんともいえないけどそんな日でした。


自分の夢がはじまった場所で歌えること
って
そーない経験だよなあ

わたしにとっては 忘れられなくて忘れたくない日になりましたね 今日もまた
青春がふえてゆきます まだまだ青春なんだよ。はは

書きたいこといっぱい 
しかし書けないや。はは
ノムラのグラタン食べたい。
もしくはマキのサンドイッチ。ゆでたまごかな。

寝よう おやすみなさい

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