植田真梨恵 公式ブログ

「わたし、つくるし、それ歌う」長年のインディーズ活動が実を結び、2014年、「彼に守ってほしい10のこと」でメジャーデビュー。曲ごとに様々な感情をまとって色を変える表現力豊かなボーカルが心を揺さぶる。

夢がうしなわれるのはせつないね
諦めそうになるタイミングってゆーのは 
夢を夢と見られなくなるかも、やだなってタイミングで訪れるんじゃなかろーか

別に夢見なくても 諦めても
いいんやけどさあ。ほんとに。
どっちでもいいんやけどさああ

がんばります、とか
がんばろうと思えましたとか、
そういう言葉をもらうと、私、うれしくって、
あと同時に、そんなの!わたしこそ!負けないぞ!て気持ちになるよ
音楽が 好きだからだと、おもうー

今日の日のことは言葉にかえづらいなあ
うれしくって なつかしくって
さみしくって 思いがけなくって
かなしくって 優しい 
なんともいえないけどそんな日でした。


自分の夢がはじまった場所で歌えること
って
そーない経験だよなあ

わたしにとっては 忘れられなくて忘れたくない日になりましたね 今日もまた
青春がふえてゆきます まだまだ青春なんだよ。はは

書きたいこといっぱい 
しかし書けないや。はは
ノムラのグラタン食べたい。
もしくはマキのサンドイッチ。ゆでたまごかな。

寝よう おやすみなさい





ふれられる泡

すべて、すべて、すべてを出しきりたかった。
夏の始まりに、
熱帯夜、寝苦しい中で見るサイアクーな夢のような始まりにしたかった。

夢は、おんなじ夢を見たいと望んで眠ってもまた、おんなじものを見られることってほとんどないから。
たった一夜しかない夜を、
たった一夜の夢にしたかった。
バンドのいっせーのーせーさんたち。
隊長に続いてガスマスクで、箱の中のわたしをステージに運んでくれた。
悪夢の美しくこわいSEが流れる中、私は暗ーい狭ーい箱の中、ディズニーランドの乗り物に乗ってるような気分、
はたまた子供の頃の押入れの中に身を潜めるような気分 はんぶんはんぶんで、
ゴロゴロと転がる、色を変えてほのかに光る照明をうすぼんやりまぶたに見て、その時を待っていました。


忘れられないような悪夢と、
ふしぎときもちよくなるような夢と、
なんとなく優しい夢とが、境目なくつながっていけばなあと思っていた。

当日のリハーサル。
ひとつひとつ確認をしながら、新たにその場で決めていくことも思いがけず多く、
準備に準備を重ねて迎えた本番。
舞台裏の話をするのはとってもむずかしいけど、
終わってから、スタッフさんのひとりが、なんだかウッときます、とてもさみしいですとおっしゃっていた。びっくりした。

そう。ツイッターのリプライで、チーム植田の本気を見ましたと頂いたりしてとてもありがたかったんだけども、
今回の赤坂BLITZ PALPABLE! BUBBLE! LIVE!は、チーム植田どころではなく、ほんとに、
初めてお会いするスタッフさんも含め、手を貸してくださるみなさんひとりひとりの汗が、
熱意や、まっすぐな気持ちが、つくってくださったものであり、ほんとうのほんとうにみなさんの力なくしては、できませんでした。それを実感するライブでした。
リハーサルで準備してくださるスタッフさんたちを見ながら、わたしは歌にすべてをそそぐのだぞーと、また思ったりした。胸が熱くなった瞬間でした。感動したん。

この場を借りて心から、関わってくださったスタッフのみなさん、本当にありがとうございました。




いやあ。てゆうかさ。しゃぼん玉も、CO2ガンも、風船も、手作りのフラッグも、プロジェクターも、もくもくのもみまくも、箱も、ガスマスクも、ほんとにたのしかったねえ。
観に来てくださったみなさん、本当に遠くからも近くからも、ありがとう。おかげですてきな夜になりました。
またわたしは映像で後で観てみる日がたのしみです。はは。


そうだ。ふれたら消えてしまうのみんなのコーラスも、さいこうでした。
あれはあのコーラスがあってこそ、
焼きつくね。より。胸に。ぎゅっとくるね。きたよ。わたしも。

そんなわけで、あっとゆうまにパルパブルバブルライブがおわりました!
ふれたら消えてしまうんだけど。いつか忘れるかもしれないんだけども。いやー。どきどきした。どきどきどきした。
お越しくださったみなさま、ありがとうございました。

そして新しいシングルもいちはやく聴いてもらいました。
「夢のパレード」10/12発売です。
歌いながら泣きそうになる曲です。初披露で泣いたらかっこわるいので泣きませんでした。いままだ制作の過程です。待っていてください。


気持ちがまとまらないんだけど、そんなかんじ。すこっしだけ書くつもりが長くなってしまったよ。まだまだここから。夏も。
おもろい日々になることでしょう。そうでしょう。


わたしは水色がすきなのだ
わたしはららのことが好きなのだ
わたしはこの部屋が好きだし
わたしの大好きなものは、わたしだけのものではないけども
わたしは、大好きなのだ
街は すこしずつ 街並みを変えて
変化をしている
歩いている道には
「変わってゆく 変わり続ける ほんとうのあなたになるために 」みたいなこと 書いてあるけど
まあそりゃそーだな
わたしは生まれた時からわたしであり
関わる人すべてに 毎秒 影響を 受け続けているから
だから すべてが無になるとき 無垢に戻るとき
ぜろになるときわたしは わたしになるんだとしたら
死んでゆくその行為自体が 生きているその行為自体が 変わってゆくとゆうことならば
寂しさに色はついてなくて
それを寂しさとは呼べなくて
思い出は 常にそばにあって
常に忘れてゆくことであって
変わってくうちに すべてが変わってしまっていくうちに
わたしはどれくらいの言葉を吐いて 歌を作って 息を吐いて 
何かを見て 何かにふれて 何かを食べて 感動して 感動しなくて
嘘をついたり 本音をゆったり 怒ったりして
すべてが借りものの世界で
誰にもなんにも返せずに
誰の言うことも聞かずに
わたしはわたしの想いを信じて
聞こえてくる声を聞いて
みんなの目を見て 歌って
かなしくなったり うれしくなったりして 
押しつぶされそーになりつつ 別に押しつぶすものなんかなんもなく 今日もなんなり生きていて
日常はありったけ続いていて
特にそれ以上はなにもなくて
特に別にそれ以上はなんもないと思う。

わたしはわたしの好きで 水色のカーテンと水色のベットカバー 水色のティーシャツに水色の下着 水色のマニキュア 水色のパッケージ
わたしはわたしの好きな歌を歌い わたしの好きな人たちのことを思い それを聴いてそれを奇跡的に好きになった人たちが いろいろがんばっておんなじばしょでおんなじ音楽をきいたり 歌ったり鳴らしたり している
いろんな思い出や いろんな記憶がまじって 好きなうたがもっとすきになったり もー聞けなくなったりしたりして 
常にそんな風にわたしは じぶんの好きなものしか 描けないし 歌えないよ 嫌いなもののこと わざわざ歌えないよ。
25才になったのだ。わたしは。もういいおとなでさ、わざわざ嫌いなこと、歌えないよ。好きなもののことしか、わたしを取り巻くことしか、わたしの好きな想像しか、わたしの好きな人のことしか、わたしの好きな景色のことしか 歌えません。
情熱なんて いっつも大きく燃えないよ。でもすごく燃えることもあるもんね。ぼぅっと小さく、熱く、じんわり、消えそうに、燃えているからね。ゆっくり。たまにどっかり。燃えているから。目をとじると思い出すような においとか さみしかったような感覚。色がつけられない。なんと呼べばいいかわからない。そこにあるのかわからないような。あったような。なかったような。確かにあったような思いで、歌を歌っていたいよ。とおもうよ。
ここにない ここに今なくて どこにあるか  どーしてるか どこかにあるのかも わからないものが 確かにあるよねという思いで 信じたい思いで。

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