植田真梨恵 公式ブログ

「わたし、つくるし、それ歌う」長年のインディーズ活動が実を結び、2014年、「彼に守ってほしい10のこと」でメジャーデビュー。曲ごとに様々な感情をまとって色を変える表現力豊かなボーカルが心を揺さぶる。

追いかけっこする日々 いつになれば追いつけるのか
いったい何に追いつくのか 追いつこうとしているのか考えている
理想?夢?未来?なんらかの自分というもの?
わたしはというとぜんぜん、そんなものではなくて
多分ね、たりないことを感じている。一体何が足りないというのだろうか?
時間?お金?力?勇気?命?フォーシーズンズの歌詞である。
優しさ?余裕?げんき?がんばり?やる気?あとはなんだろう?失っていくのは若さ?勢い?
いやしかし
すべてのことはほんとうはとっても平らであるから
かなりどれも足りないし、結果的に死ぬときには、ぜんぶ帳尻があってくるんだろうなと、おもうんだよな。
そんなことは死ぬときにしかわからないんだけど
分数の1ぶんの1と4ぶんの4が同じ、っていうことを理解したときみたいに、
うつわの大きさが違うだけで、満ちていることはおんなじなんだとおもう。

人間の特徴

慣れる 学ぶ 飽きる 食べる 忘れる


ぱっと思い浮かんだのがこの5こ。
私は今朝すんんんんんんごいこわい夢を見た。
夢というのにはふたつ意味がある。
夜寝るとき、見るやつと、起きてるとき未来とか希望とかに重ねるやつ。
すんごいこわい夢には、浅野忠信さんと未唯さんがわたしの両親役で出てきて、わたしは三姉妹の末っ子だった。
すんごく怖くてテンションが悪夢からかえってこられなくて、汗だくでひいひい言いながら目を覚ましたのに、
今はもうここに書きながらそのときのこわさなんかすっかり忘れ去ってしまってうまく書けないの。

そしてブログを書き始めた理由もいまわすれかけているんだよね。年々頭が悪くなっているのか、もしくは気がつくことがうまくなっただけなんかどっちかわからないんだけど。

大切なこととか、すてきな感情(つらい、うれしい、やさしい、くるしい、かなしい、すき、ありがとーとか)すっぐ忘れるんだよね
そのとき!今!その時!てゆうのだけが、感情の頂点なの。ピークポイントなの。
そのときをいっしゅんでも過ぎると、それはたちまち消え去って、過去のものになっていく。
それをわかるから音楽家は、音楽をつくる。
物書きは物を書く。それを映画にしたり。
でも音楽は、絵ほど描くことに時間がかからないから、その刹那をよりはやくかたちに残せるものだと思っているんだ。
わたしの音楽は、その瞬間のピークを歌にしてのこしているものだ。で、歌というものは。記憶に残るものであって
録音したその物には価格がついている場合がほとんどだけど、
歌はいっかい聴いたら忘れないこともあって、それでいて形がないから、いつなんどきも取り出して、頭の中で再生することができるんだ。
しかも、それはメッセージであったり、はたまたなんっの意味も無かったりするんだ。
そんな風に形こそ変えず、形を変えて、聴いた人の口からまたこぼれおちたりする。
無料で口に出して歌うことができて、そんなことになんの価値もないんだ。そういうとこが、だいすき。
歌のそういうとこがわたし、大好きで、歌をつくってるんですけど。
そんなわたし植田真梨恵(25・歌い手)の最近の悩みはね、
悩みが100:100で訪れることなんですよね。
ここからは今回のブログのおまけでしかなくて、もう書きたいこと書いたから満足なんですけど、

うれしい:かなしい とか 大丈夫:だいじょばない が
が、80:20くらいやったり 30:70くらいやったりするのがふつうなんだけども
いまは しあわせ:ゆううつ とか イエーイ:ちーん が100:100のかんじで秒刻みに入れ替わる。
憂鬱だしかなしいししあわせだしこわいしあんしんだし超余裕だしがんばれるし最高でもうだめってゆうのがみんな一気に1秒ごとに、100パーセントです。
こういうのをきっと世間一般では情緒不安定というのでしょうか。
極めて冷静にこれを見ているとも思えるし、極めて感情的ともいえます、だめだこりゃ。
しかし、生きてる感じ、するよ。こーいうときに、曲をいぱーい書いときたい。ものですね。



そんな情緒不安定な私なんですが、ニューシングルのリリースが決まりました。(みなさんごぞんじですよね、もう。)
「ふれたら消えてしまう」という曲を、2016年7月6日にリリースします。

夏、外でライブをする機会がふえるかしら?と思って、夏に外でバンドでやったらわたしも聴く人も両方気持ちがいいといいなーと曲を書き始めたら
思いのほかそのときのわたしのきもちがそのまんま乗っかった歌が出来上がったようで、歌入れのとき思わず泣きかけました。
hide氏、忌野清志郎氏の、命日でもある5月2日という日に歌入れできたことが、歌詞の内容とあいまって、印象に残った出来事でした。
心からの1曲に間違いありませんので、みなさんよかったら、きいてもらえる日がきたら、最後まで聴いてみてほしいです。


けっきょくたりない部分があるから、わたしは生きているのかなと思います。
なのかな。もしくはオーーールフラット、ぜんぶまとめて1である人間にとって、学びや慣れを続け、しかもなおかつ忘れていく人間にとって、
足りないものをかんじるというのは当然のことなのかもしれない、生きている限り。ピークのポイントを記録していく限り。足りないということが、ピーク以降は必然なのかもしれない。
「ふれたら消えてしまう」は、そんなような歌です。ブログに書くとちょうむずかしいのでやっぱり4分かけて曲のほう聴いてもらいたいな。

よろしくお願いします。曲かくーーー



心がどんどんムキムキになって眠れない。心に血が溜まっている。血管がぱんぱん。歌番組というものの、裏側に入ってしまった。
時が経ちブラウン管がなくなって 薄いテレビの中。ひとまず薄いテレビ越しにわたしは、お弁当を頂きながら控え室で、釘付けだった。画面に。おいしい中華のお弁当。好きなナスとエビ。箸が止まる。釘付け。アッコさんかっこいい。また箸が止まっている。奇跡がー起こらなかったときはー、露骨にくやしがーれーばいいー。釘付け。WHITE ASH、なんでこんなかっこいんやろ。釘付け。ももくろちゃん、かわいい。釘付け。そんな風に、ただ番組を観ていた。ひたすらおもしろかった。まさかこの番組のプログラムでわたしもこのあと、歌うなんてなあ。 
子供の頃のわたしからしてみれば、夢の、また夢の、また夢の、また夢くらいの話だ。もっとかも。もちろんそのために、東京へ行ったことはよくわかっているんだけれど。

「ため息つくの、得意でしょう」と子供の頃言われた。10才の頃。今でも尊敬してる人に言われたこと。忘れないな。9才の頃、わたしは初めて大きな舞台で歌を歌った。どこかで話したように、それよりもっと前に人前では歌ったことがあったけども、自分なりの、これが勝負というのは初めてのことだった。思えば、人生が賭かっていた。今でもそれは変わらないけれど。必死で真剣だった。
必死の真剣勝負のとき、人は笑ったりしないかもと思う。でも、歌う人は、笑ったりする。ふしぎだ。わたしはただひたすらに真剣なのと緊張で、ほんの1mmの微笑みも、できなかった。
歌うことよりも喋ることはもっと精一杯で、ひとつ、言葉を口にすれば涙が出そうだった。なんでかわかんないけど口角が勝手に下がって、どんなことを聞かれたとしても、答えは「歌手になりたいです」それしか正解がないように思えた。何を言えばいいのかわからなかった。泣きそうなただの子供がステージに立っている。9才。すごい歌を、素晴らしく歌う人になりたかった。すごい歌を、素晴らしく歌う歌手に憧れた。本当にすごい歌手に。当時あなたのキスを数えましょうを、何百回歌ったことかわからない。


ここ何日か、また新たに作曲を始めていた。
深いところまで潜っていた。わたしは生放送で「彼に守ってほしい10のこと」を歌った。わたしは自分のことなどずっと嫌いだ。でも、歌が好きだ。歌が好きな自分のことは好きだ。
わたしにある可能性ってどれくらいだろうか。まだまだまだまだまだあってくれと思う。
「彼に守ってほしい10のこと」はメジャーデビュー曲だ。わたしは、一生続く約束など、この目で見たことがないから、作った1曲です。永遠の誓いや、永遠の夢、永遠の約束、永遠の愛、わたしはそのいずれが成されるところも、この目にしたことがなく、まだまだ見ていないから、まだまだ信じられるわけもなく、
でも信じたくて、とても信じたくて、わたしは、永遠というものに本当はすごく憧れているのです。永遠なんていうものがもし本当に存在するものなのだとしたら、それはすごい、すごい、すごいことなのです。そして、もしかしたらそれは信じ続けることで存在しえるのかもしれないし、奇跡をのぞむように、だけど冷静に、そんなことを思っています。「彼に守ってほしい10のこと」はそんな歌です。

わたしと同じように、永遠の約束など見たことない人たちが、どれくらいいるんでしょうか。
わたしにも、ほんとに恐ろしい瞬間がたまにあるけど、とはいえまずは信じることが少しでもできるなら、少しずつ信じつづけて、自分自身の手で大切に、心を守っていくことしかないんだなと思います。
ほとんど奇跡だと思うけど、こんなわたしにもそんな奇跡を一生かけて追い続けることができたら、何にも信じられなかったわたしのような誰かが、何かを信じられるかもしれないような一例の証明くらいには、なるかもしれないと思って、歌を歌っているの。

暗い暗いところにいても、届いて、やんわりと優しい光になればすごいなと思うの。
ぜんぜんまとまらないし、ぜんぜんまだ眠れないけど、
始まった頃の気持ちを思い出しました。わたしは、歌が好きなんだ。音楽とは、本当になんなんだろうな。追い求めていきたい。まだまだ。まだまだまだ。

そんな気持ちで、スカパー!音楽祭がおわりました。お世話になった全てのみなさまに、心からの感謝の気持ちを。ありがとうございました。ドキドキして観ていてくださったみなさんも、ありがとうございます。そしてきくPさま、わたしは凄まじく、ラッキーな女だと思います。潜り込んだ日々に、素晴らしい一日へのチャンスをくださって、夢のはじまりをわたしの頭にバチンと投影してくださって、本当に、本当にありがとうございました。忘れられない日です。すごい人です。
スカパー!音楽祭、すっごいおもしろかった。
これからもまだまだ続く。んだけど、わたしの中で、とてもとてもとてもとてもとてもとても大切な1日となりました。9才のわたしが、追っかけてきたよ。
希望の歌を歌いたいです。絶望にまで届く優しい希望の歌を。
ありがとうかまむさくつ







というところで、ブログを書きながら寝落ちしていました。今大阪に帰っています。アラームをかけていないまま寝てきまい、佐藤さんのモーニングコールで起きました。
すみません。ごめんなさい。
眠る前の文章をそのまま載せるのはとても危険なことのようにも思えますが、ほんとうに感じていた気持ちです。載せます。
そして佐藤さん、こんな私ですががんばりますので、これからもどうかよろしくお願いします。





お尻に猫が乗ってくるベッドにて更新

昨日はとびきり寒い1日だったので、冬みたいーと思った。今もよく着込んでいる。


脳みそが停止した。

Lazward Piano "Old-Fashioned."という長いタイトルのツアーが終わった。終わってから、サクッと制作期間に移行した。で、脳みそが停止しました。

これは、ほんとうに実感として感じていることなんだけども、年々、ワンマンをやるごとにドキドキが増している。最後までなにも起こらずに終わる気がしない。何か起こる。何が起こるんだろう、こわい、ってちょっとだけ思ってるんだけど、今ツアーのファイナルは東京キネマ倶楽部だったわけですよ。もう、起これ。何か起これ。起こらんわけがない。あんな不思議が胸の中にドワッとなる会場、他にないでしょう。忘れられません。開けるか迷うような重たい扉です。すこし足がすくむような佇まいです。かっこよかった。


かっこいい場所ばかりのツアーでした。

ただ、ただ、雰囲気の素敵な場所で、ラズワルドやりたいって、そーゆう場所で、音楽に浸ってもらえたらすてきって思っただけのことだったんだけども、

まさか、それぞれの場所の持ってるパワーをこんなにも体で感じることになるとは。よく立って歌ったな。わたしは。今やそう思う。中之島中央公会堂なんかも。そうでしょう。もうほんのすこしでも情緒不安定な日だったら私はリハから泣いていただろう。よかった。ステンドグラスがほんと、きれかった。


仙台のレトロバックページでの2ステージも、静かな瞬間に聞こえてきた横断歩道の音、わたしは忘れないし、お父さんがくれたおみやげの、きれいな模様のガンガンをそっと開けたら、いろんなクッキーが入ってるみたいな。赤いジャムのクッキーから食べたいなーって時のような。優しいわくわくのあった1日でした。

札幌も、まさか自分が札幌でワンマンツアーをするなんて、思いもよらなかったことですから。ピアノの一音の余韻も、わたしの声のはしっこのはしっこまで、みなさんの服の隙間からはいって体まで、届いてるんだなと感じていた。しあわせでした。


深海のような名古屋も、密会のような福岡も、どちらも全然違うドキドキを持ち合わせながら歌った会場でした。

名古屋は劇場のようなボトムライン、ここに刻まれてきた音がすっかりと馴染んでいて、ブルーのライトがストっとステージに落ちると、すべてがまーるくまーるく角ばったものがぜんぶぜんぶ丸くなっていくようで美しかった。佐藤さんも最初っから言ってたけど、海賊船みたい、深海みたい、ってほんとそうだな、と思いながら心の中でずっとクスクス嬉しかった。

初日の福岡は、初日からの2ステージ。まずわたしの声は最後まで今日を歌い切るのか、いや何が何でも歌い切るし、集中力だけでも乗り切るし、と覚悟しながら、そしてオールドファッションというツアーのタイトルを今一度考えながら、自分の母親も客席のどこかにいるとは思ったんですが、自分の子供の頃のことに思いを巡らせながら「昔の話」を歌いました。子供の頃の思い出は、しあわせな瞬間も、さみしかった瞬間もどちらも、かけがえのない宝物です。




ツアーが始まり終わるということを、体感したんだなと思いました。わたしにとっては初めてだと思えるくらい。4箇所でのツアーともまた違う。最後の横浜まで、印象的に記憶に焼きつく場所でのツアーでした。雨の赤レンガ倉庫、もうぜったいみんな忘れないでしょう。あんな強烈な思い出のにおい。大雨の帰り道。街の灯り。ロマンチックな時間でした。ありがとうございました。


各場所で、ほんとにたくさんの歌を歌ったんだけども、いろいろ歌えて私はよかったです。各会場のスタッフさん、照明さんも、ほんとに大変だったと思います。情熱でやってくださって、ありがとうございます。関わってくださった音響、物販をはじめすべてのスタッフのみなさんも、本当にありがとうございました。

そしてピアノの西村広文さん、ずっとがんばりをつづけている佐藤マネジャー。(箱庭の佐藤さんのダイアリー読みました?反則!めっちゃ良かった!)

本当にどうもありがとうございました。

それから、会場に足を運んでくださったみなさま。ありがとうございました。満足していただけているといいな。

ラズワルド、また年があけるたび、やりたいね。やりたいねえ。思い出の深いところとつながるツアーになってたら、何よりです。




そういうわけで、あっという間に過ぎた1,2月。わたしは今新曲のことももちろんそうなんだけど、少し先に楽しみなツアーがあるので、それもあってわくわくしている日々です。これは、自分が観に行くほうのツアーですよ。「ロックスターになれば羽が生えてきて」って、この一節だけで涙が出てくるのはどうしてなんだろうか。いつでもこの人の声を聴くと、わたしは心がズタズタにやられる気がする。わたしの声を聴いて、みなさんはどんな気持ちになっているの。わたしにしか歌えない歌が、ちゃんと存在するのだろうか。そんなことを思いながら、日々新しく生まれくる瞬間をビリビリと待っています。紡いでいこうと思います。


そんなところで。 そろそろ眠ろうかな。

音楽。たかが音楽。されど音楽です。わたしにはすごーいでかい存在です。聴いてもおなかいっぱいになったり、しないのにね。でも聴いてなぜだか涙が出たり、しますよ。


まだまだ夢の途中です。

おやすみなさい。

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