前回のブログ、今、目の前にいるファンの方々に自分の気持ちを知って欲しくて、この10年、悔しくて、でもまだこれから頑張っていきます、まだ終わらせたくない、負けたくない、勝ちに行きたい、そういう気持ちを共有したくて書いたわけですが、
内容が内容だっただけに、全然関係ない人にも伝わったみたいで、そういう方たちのために書いたわけじゃないので、説明不足になってしまったと思います。

ネット上で色々言われてるようで、それを読んで、もしファンの方が誤解してしまったりすると、それは悲しいので追記しておきますね。

僕はファンと一緒に10年頑張ってきて、これからまた先の未来のために、ああいうブログを書いたわけです。
そこはまずはご理解ください。

で、問題ですが、

「自主レーベルなのに、印税が入らないって、自分が管理できてなかっただけじゃん。」
「自主レーベルで印税が入らないってことは自分が出版社に払ってないってだけでしょ?」

的なことを言われてるようで。説明が足りなかったと思います。

簡単に説明しますと、

当時一番信用していた「大人」の人に、自主レーベルをやろうよ、出資するよ、と言われ、
この人と一緒なら大丈夫、と思って自主レーベルを立ち上げたんですが、活動していくにつれ、話がどんどん変わっていって、
お金のことは全部任せて欲しい、とか、スタッフを増やしたい、とか出資者の後ろに実は顔も名前も知らない出資者がいたり、最終的には儲けがどうなってるのかもわからない、という感じです。

なので音楽ジャーナリストの柴さんが言っている「自分たちの管理不足」という指摘は、少し誤解がありまして、
自主レーベルとはいえ、メンバー以外のマネージャーもいました。他に数名の社員もいました。

インタビューで「自分たちだけで回してる」と言っていたよね、と柴さんは書かれてましたが、
どういう文面がどこのことを指してるのかわからないので、時期やタイミングによっても違うと思うし、どういうことに対して自分が発言したのかもわからないですが、メンバー以外のマネージャーがいても、自主レーベルだと認識していましたし、自分は自主レーベルとしてミュージシャン以外の面でもあれこれ動いていたので、「自分たちだけでまわしてる」と思っていましたし、今もそう思っていますが、それが「実はそう思わされて動いていただけ」、「そもそもそんなの自主レーベルって言わねーよ」というのであれば、それも僕が騙されていたんだと思いますが、そんなことはないと思います。

メンバーのみでDIYでやってる自主レーベルの方々に失礼なんじゃないか、ということに対しては、いまいち意味がよくわからなかったので、そんなことないですよ、と言っておきます。それとはパターンが全然違いますし、そんな風には書いてません。

全然、どこも、そんなつもりで書いていません。ただ自分のことを書いただけで、僕が置かれた状況に対して、僕が思ったことを書いただけですし、それを他者の気持ちに置き換えたり、他の何かと比べたりする必要はないです。僕が書いたブログはファンのために書いたメッセージで、「メンバーのみでDIYでやってる自主レーベルの方々」に対するメッセージではございません。誤解があったようなので、そこは違います、わかってもらえると嬉しいです。

事務的なことやお金のことは全て任せていました。
僕がそこまで管理してなかったのは事実なので、それが「自分たちの管理不足」だと言われたらそれまでなんですが、
当時の僕は社長という柄じゃないし音楽に集中したいから、一番信頼できる人間に社長を任せていました。

柴さんの認識がどういうものかは僕にはわかりませんが、少し誤解があるんじゃないかな、と思います。


そのレーベルから出したのはシングル2枚とミニアルバム一枚と、アルバム一枚です。
その中で最期にリリースされた「言いたいことはなくなった」だけが印税が入ってきていません。

それまでの3枚は印税が入ってきていたので、「印税が入らない」ということが起きる疑いは持ちませんでした。

「言いたいことはなくなった」をリリースした時にはレーベルは解散状態で、リリース1年後に印税が入ってこないと知って、前回書いたようなことが起きました。

なので、アジカンの後藤さんが、「なんで?」と言っていた「レーベルとしての僕らがお金を払ってないから当たり前のように印税がもらえてない」っていうのところに関してのアンサーは、

「お金を任せていた人がお金を払ってるはずだと思ってた、1年経ったら払ってなかったことが発覚した、え、じゃあそのお金どこいったの?CDの売り上げ全部渡してるからあの人支払ってるはずだよね?確認しよう、でもその人とはもう連絡が取れません。」というのが事実です。

これで説明が足りてるとよいのですが。

前回のブログと併せてお読みください。
よろしくお願いします。



ファンの方々には色々と心配や誤解、色んな気持ちにさせてしまってるかも知れませんが、言わなければ誰にもわかってもらえないし、今のミイラズを応援して欲しいなと思っています。

誤解はどんどん広がっていってしまうので、できるだけ誤解がないようにしたいなと思います。

これからもミイラズの応援をよろしくお願いします!

音楽の印税ってあんまり知られてないですよね。僕もこの仕事して、3rdアルバムぐらいまでよくわかってませんでした。
実際、前に書いたように「自分に印税が支払われなかった問題」が起きるまで詳しく知る必要もないかなって感じでした。

普通に考えたら何も問題がないと思ので、出版社と契約書を書いて、それにハンコしたら1年後くらいには入金されてるんで、
あ、お金入ったんだ、みたいな感じで。実際、詳細の手紙が来るんですけど、細かく見たりしないと思います。めんどくさいし。

前のブログで色々とメールをもらったので、今回はなぜ「言いたいことはなくなった」の印税が入らなかったのか、説明しようと思います。

で、その前に知らない方に軽く説明しときますね。

CDの作詞作曲者がもらえる印税についてです。
3000円(税抜き価格)のCDをリリースしたら、作詞作曲者がもらえるのは、そのうちの3パーセント。90円です。
で、これは売れた枚数で計算するのではなく、レーベルが作った枚数の8割で計算します。

印税というのは、使用したものに対してかかるお金なのです。
だから、商品を作ります、という会社が払うお金なのです。

ファンやリスナーには大変残念なお知らせですが、僕らがもらっている印税は、レーベルから頂いてるようなものなのです。
もちろん、ファンやリスナーがCDを買ってくれるからこそ、その印税をもらえるわけですが、順番がちょっと違うのです。
(実際返品数とかの場合とかもよくわかってないですが、生産枚数の8割っていうのは、返品予想2割って意味だと思います。)

僕がイメージしてたのは、ファンが購入してくれた枚数分の印税をいただいている、というものでした。
しかしそれは違いました。まぁ、売れなきゃ当然次の音源リリースできないですし、お皆さんの応援あってこそなんですけど。

僕はそれをつい最近まで全然知りませんでしたね。もちろんファンやリスナーの方々も知らないんじゃないでしょうか。

つまり、ラフに言うと、
レーベルが「畠山さんが作詞作曲した曲を10曲収録する商品3000円を1万枚作ります」と出版社(なのかJASRACなのかわかりません。)に連絡します。で、「じゃあ90万円かかりますー。」みたいな感じです。(8割だから実際の数字はもうちょい低いのかな、この辺よくわかってないです。実際自分がもらってる数字はこれよりも低い感じなので、色々細かいことがあると思いますが、ざっくりの数字は合ってると思います。)

えーと、さらに細かくいうと、実際は「180万かかりますー。」なんです(8割だから実際の数字はもうちょい低いのかな、この辺よくわかってないです2)。
で、これは出版社も作詞作曲者と同じ額をもらうのです。手数料的な感じです。その分プロモーションをしてくれます。
これも契約内容自体で色々変わるのかしら?詳しくはわからないですが、だいたいこんな感じです。

つまり正確には作詞作曲の印税は税抜き価格の6パーセントです。
で、その中の半分を出版社と分けます。上記の例で言うと、90万が作詞作曲者、90万が出版社、です。
(こっからさらにJASRACが手数料引くんだっけかな??ちょっとわからんです。)

出版社というのは、この楽曲登録の管理をしてくれていて、登録してるのはJASRACです。出版社ってのは何するの?って話はちょっと僕もよくわかってないんですが、ざっくり言うとプロモーションしたりしてくれます。仲いい人はもっと色々応援してくれます。

出版社に著作権を譲り、その出版社がJASRACに著作権を譲るっていうのが、王道です。
違うやり方もあるんでしょうけど、基本的にはこのやり方がしてる人がほとんどだと思います。
(出版社というのは沢山あります。そしてJASRAC以外にも会社はあります。出版社がそのまま管理するパターンもあるみたいですが、よく知りません。)

ミイラズは、初期の頃、出版社に預けないやり方をしたんですけど、管理が大変で、結局預けることになりました。

デメリットとしては出版社に預けないと、テレビで勝手に使われたり、どこかで勝手に使われたりしたときに使用料がもらえなくなります。勝手に使われてもほったらかしです。預けておけば、勝手に使われても大体大丈夫です。この辺はまた違うルールが適用されていて、ちょっとややこしいです。まぁ他にも色々メリットデメリットはあるんでしょうけど、ともかく著作権を預けるということはそういうことです。

ただ、著作権を預けているので、実際には作詞作曲者に権利がなくなるという意味でもあります。ここポイントです。

僕が「check it out」で歌っているでのよく誤解されるんですけど、「2パーや3パーの印税なんかいらねー」というところですが、
これは「印税がいらない」んじゃなくて「2パーとか3パーしかもらえないの?おかしくね?作ってる人がそれだけ?そんな少ないの?ふざけんな!」という意味です。歌詞って難しいよねー。

実際、現代では印税だけで飯を食うのはかなり難しい時代です。システムを変えていかないとミュージシャンは音楽で食べていくのが困難になるし、ライブメインになってくると、音源レベルが下がり、レベルの高い音楽が生まれにくくなると思います。
だから問題提示としてこういう歌詞を書いたんですけど、全然伝わりませんでした。

さらに、check it outというのは、ラッパーなら誰でも使う言葉なわけですが、僕はあえてビースティボーイズの名前を出しています。
別にビースティの名前を出す必要もなかったですが、歌詞に面白さを出すために書きました。
あえて書くことで、ビースティのパクリなのか、とリスナーに勘違いさせるために書いたのです。

これは僕が「すべての音楽はパクリである」という考えから来ていて、それをごちゃごちゃうるさい奴らが、パクリだパクリだとつまらんことを言うから、日本の作曲者がパクるのをやめて音楽の進化を止めてしまうんだ、恐れずに海外の音楽をどんどん吸収しないと日本の音楽は日本だけのもになってしまう。進化を止めてはいけません、という意味なんですが、全く伝わらず、(ま、そういう時代なのかもしれないけどね。需要がなけりゃ消えていくだけですよね。)あろうことか、この楽曲の作詞作曲の印税はビースティのものになってしまいました。

歌詞に「なんなら作詞作曲はマイクD、印税だってさし上げちゃって」と書いてあるので、じゃあいいよね。ということになりました。
うーむ。まぁ書いてあるからしかたないけど、作詞も作曲も何もパクってなくて、そういうことにはならないっていう自信があるからこその歌詞だったし、これはパクリじゃないんだよ、こういう風に音楽は作っていくものなんだよ、っていうメッセージ性は完全に無視されてしまいました。こういうことになるとは思いませんでしたね…。戦う意思が完全に本末転倒になっているっていう。
チェケラー!なんて誰でも言ってるでしょうが。みんなビースティに金払ってるんですかね!!

作詞も作曲も「check it out」というラッパーが誰でも使う言葉以外は完全にオリジナルで、音をサンプリングしたわけでもないのに、ずべて持っていかれるって言うのはなかなか想像しませんでした。ま、金はどうでもいいんだけど。
これは会社とのやりとりで、そんなこと全く聞いてなかったのでかなり腹たちました。

最初は、「ビースティ本人たちにメッセージ書いて」とだけ言われて、「かっこいいから聞いてねー」みたいな文章を書いたんですけど、2年後くらいに、「すべて向こうに払うことになりました。」みたいなことを突如言われて。
え?みたいな。そういう話をするためにメッセージ書いてないよ?どういうこと?聞いてないよ?何の話?
いやいやいや、ちょっと待って、だって曲も歌詞も完全に俺のだけど??何もパクってないよねこれ??
と言いましたが、上記の理由を言われ。
いやいや、だからこれはパクリじゃないっていうことを歌ってるんですよ!金は別にいいけど、それは誤解ですよ!
待て待て、それは納得いかないぞ、と言いましたが、一番揉めない方法がこれだから、と言われました。
まぁ絶対本人たちは知らないですよね。

なんだかねー。僕は揉めてもよかったんですけど!まぁとにかく俺は「持ってねー」と思います。
まぁ「所詮パクリでしょ」とか思う人には当たり前でしょと言われてしまう話かもしれませんけどね。

お金の問題ではなく、音楽のあり方に対しての問題提議をこういう〆方にされるとは思いませんでした。
まぁビースティに金払ってるぜ俺は、って言うのはかっちょいいから別にいいけどね。もうね、ダチってことでね。
まぁそもそも全然売れてないですけどね。

とにかく自分の意思とは無関係に物事が進むってのはムカつきますよね。先に言っとけよと思いますね。
音楽業界ってけっこうこういうことあるんだよなー。後出しジャンケンっていうかね。
最初に「いやー、これはね、畠山くん、ちょっとかなり問題になると思うんでね、向こうに払うっていのが一番いいとも思うんですよ。」と先に言ってくれればね、こっちもムカつかないですよね。後から言って、しかも変更不可能ってなんやねんと。途中の話とかも一切ないし。んで、おかしいでしょ、なんとか話ししてくださいよと言っても、その後一切連絡なし。

ほんと音楽業界嫌いですわー。ほんとクソですよ。思い出すとムカムカしてきますねー。

さて、話を戻します。

なぜ「言いたいことはなくなった」の印税が支払われなかったのか。
先ほど、CDの印税はレーベルが払うものと説明しました。出版社かJASRACかに連絡をして、こういうものをリリースしますー、じゃあ印税分支払ってくださいーというものを提出する流れです。
(実際支払う時期がいつなのかはわからんです。リリース前なのか、後なのか。多分後に請求書が来るんだと思います。)

かなり盲点なんですが、実はこの「リリースしますー」と提出しないでもCDは発売できちゃいます。

この「言いたいことはなくなった」は出版社に楽曲登録だけしてあって、僕は契約書も書きました。
僕も契約書を書いたのでワケがわからなかったのですが、
契約書というのは曲一つ一つに対してで、アルバムとか、シングルとか、そういう商品単位での契約ではありません。

楽曲登録はしてあるけど、CD発売の情報が出版社に来ていなかったのです!

「言いたいことはなくなった」をリリースした1年後に、あれ?そういえば印税入ってないなー、レーベルもなくなってるし、
出版社に聞いてみるか、と思って聞いたみたところ、
そのような商品はリリースされていないようなんですが、と言われ。
え?みたいな2。

いやいやいや、リリースしてますよ。僕本人ですよ!?本人が現物見てるんですから!え?なにこれ?全部夢?アーティストになった夢?それとも幻?契約書書きましたよね?ありますよね?

いろいろ話して調べたところ、レーベルからそのような商品の話は一切なかった、「言いたいことはなくなった」というアルバムのリリースなんて知りませんよ?ということだったんですね。
曲自体は登録されてるけど、商品の登録がされていないと。

で、ここから2年間ぐらい、色々やりとりするんですけど、結局レーベルがなくなってしまっていたので、担当者がどこにいるか連絡つかない、だからどうにもならないと。で、関わっていた人には連絡が取れたので、そこから訴えたい、と話したところ、著作権者は畠山さんですが、著作権を実際に持っているのは上記に書いたように、JASRACなので、訴えることができるのはJASRACだけなんです、と説明されました。

え?みたいな3。

マジすか?俺曲作った本人なのに俺訴えられない?なにそれ?

じゃあJASRACに訴えるように言ってくださいよー。僕も言いますよ。
となってまた連絡待ちって感じになったんですけど、それから連絡一切こないです。こんなことばっかだね。
で、僕ももうそんなやりとりを2年間もしてたので、疲れちゃったし、仕事できなくなっちゃうので、諦めました。

訴える系って体力いりますよねー。実際、色々連絡取ったり、調べたり、その度にイライラしたりしてたので、
疲れました。仕事にも支障が出そうだったので、連絡を待つことにしてたら連絡来ずで。
もうめんどくさいからいっか、みたいな感じです。泣き寝入りー。

弁護士雇ってお任せする、みたいのが一番いいんでしょうけどね、まずその金どうすんの?って感じですし。
あと当時言われたのは、そういう裁判沙汰はアーティストのイメージが悪くなるからやらないほうがいいかも、みたいなことは当時の所属していた事務所の周りの人に言われましたねー。

いやぁ、世の中っておかしいですよね。裁判系って本当体力いりますよね。絶対間違ってることでも、それを世にわからせるために金と体力と時間がいる。それのために自分の生活がめちゃくちゃになったら本末転倒ですよね。んでミュージシャンはイメージがあるのでそれも出来ない、みたいな。

僕はこの事件で思ったのは、とにかく「心が病む」。
金だけのためにやってるつもりはないですが、金を得られないことだけに自分が動いてる気になってきて、
なんか「自分が悪い人間」みたいな気になってくるんですよね。

いや、僕らはね、皆さんが応援してくれてCDやライブチケット、グッズを買ってくれるから飯を食べていけてます。
だからお金は必要なんですよ。でもね、なんか「病む」よねぇ。悔しいよね。でも「病む」よ。
本来受け取るべきお金だから、その権利を主張するのは当然だと思うんだけど、
なんか嫌になってくるんですよね、こういうの。わかりますかね。自分がものすごい汚れていく感じっていうんですかね。
自分は間違ったことを主張してるわけでもないのに、なぜか間違っているような気になってきて、イライラするっていう。

そうなってくるとすごく心が病むし、そういうのって音楽活動で一番いらない気持ちだなって思いました。

音楽活動って「メンタル」が一番大事な仕事だと思うんです。
自分でそういう「メンタル」をコントロールしてあげないと、続かなくなるので、僕は諦めることにしました。

すごくイライラしたし、集中できなくなってきていたので、これはもうアカンと思いました。
悲しいけど、仕方ないね。

これからの活動で取り戻していこう、と思いました。
まぁ世の中色々クソでね、ブラック企業とか色々大変な人が沢山いると思うんですよ。
ほんとね、利用されないようにみんな気をつけてね、と。思います。


これから音楽の時代は変わっていくと思います。
今はライブの時代と言われ、商業的価値は音源よりもライブです。僕のような音源中心に考えてる人間には世知辛い時代です。

年々、ライブでの儲けが伸びていて、音源の売り上げを超えました、なんてニュースをよく見ますが、そりゃそうですよ。
ライブの数も増えてるし、アーティストの数も増えてますからね。当たり前です。ライブの規模も昔よりでかくなってますし。
アーティスト単体に売り上げが今までよりもいってるかと言ったらそんなことはないんじゃないかなぁ。
音源がバカ売れしていた90年代の方がアーティストは儲かってるよね絶対。

しかし、その時代はもうやってこないでしょう。

ですが!
ですが!ですよ。
ストリーミングの時代がやってきたら、少し音源の時代に戻るかもしれないと僕は思っています。
まだまだストリーミングの商業的な数字は曖昧な状態ですが、理論上はデータ配信販売の2倍の売り上げになると言われています。

アーティストの印税が2パーとか3パーとかのままでは確かに伸びない数字かもしれませんんが、
音源の売り上げでレーベルや事務所が少しでも潤うようになれば、アーティストに分配されるお金も変わってくると思います。
そうなれば、またさまざまな音源がリリースされて、面白い音楽が沢山発表されていくんじゃないかなって思っています。
音楽がまた進化する時代がやってくるんじゃないかなって思います。

僕のような音源を中心に考えるタイプのアーティストにも素晴らしい時代がやってくると思います。
というか、音源だけを発表していきたい、でも自分の姿は世の中には出したくないってアーティストもいると思うんですよね。
そういうタイプのアーティストも食べていけるような環境は作りたいですよね。

音楽というエンターテイメントの需要の形が変化して、レコード、テープ、CD、そしてデータ配信時代から、今度は音源をもっていなくてもライブに参加したり、youtubeのような環境でタダで楽しめたり、ストリーミングのような形で月額払うことでほとんど無料感覚で音楽を楽しめたり、様々な方法に変わりつつあります。

でも、音楽自体はずっと必要とされている。それは間違いないわけで。

音源っていう価値が「無料」になりつつあると思うんですね。
音楽は「生」で「ライブ」で、それには金を払うけど、音源は「無料」感覚。そういう時代になった。
人間の価値観が変わったのかな。それとも今までがアホだったのかな。
「youtubeでただで聞けるんだからそれでいいじゃん。今ままで金払ってたのバカみてー。」そう思って当たり前だよね。
この不景気じゃ、お金の余裕なんてないよ。特に若者は。
ただで楽しめるものがあるなら、そこはそれで、お金は別のところに使おう、そういう風になって当たり前だと思う。

でもそれをうまく利用したのがストリーミングになるんじゃないかなって思います。
そうなるといいよねぇ。2020年頃には定着するかな、それとも日本だけはやっぱり無理かなー。
日本はデータ配信が流行らなかったからねー。どうなるかね。

まぁ、僕らのような作り手がそれで飯を食っていける環境ってっちゃんと考えないといけないと思うんです。
この変化の時だからこそ、自分で考えないといけないと思います。

とりあえずね、現代は、自分の好きな音楽を作って発表できる場所があって、多くの人に楽しんでもらえるっていう環境は素晴らしいと思う。作り手としては、嬉しいことだよねやっぱり。お金じゃなくて、認められることが嬉しいわけで。
俺もね、タナソーとか山崎さんにね、今やってることは間違ってないよ!みたいなこと言われるとすごく嬉しいし、
新しい音楽に挑戦してファンの方が、いいねーって言ってくれるのはすごく嬉しい。まずはそこだよね絶対。

だから、そういう意味ではすごくいい時代だと思います。
しかし、金にならなくなっているっていうのは悲しいね。音楽っていう存在が、別の仕事をしながらやるものって感じになってしまう。
ミュージシャンって言うのが職業じゃなくなってしまう。それはやっぱり良くないと思う。

自分の経験的にも、ミュージシャンはかなり大変な仕事だと思うから、別の仕事しながらっていうのは、良いものを作る環境ではないと思う。音源って、職人技だと思うから、本当はお金と時間がものすごくかかるもの。
でもそれがお金にならなくなったら、同然予算が減っていき、良いものは作れなくなります。
音楽レベルが下がってしまう。

矛盾が生じちゃうよね。
発表する場はどんどんよくなっているのに、発表する物自体のレベルが下がってるっていう。折角、自由な発表の場が増えても、意味がないっていう。


さて、お金のこととかね、騙されちゃいました、みたいな話とかってバンド的にはイメージよくないらしいんですよ。
結果的に事務所コロコロ変わったり、レーベルコロコロ変わったりしちゃうしね。

自分的には「イメージ云々の話じゃなくて、そもそもおかしいでしょ!なんでこっちが我慢せにゃならんのよ!」
っていう気持ちですが、まぁ世間というのはそういうものでしょう。悔しいぜ。悔しいが、イメージというものはそういうものだし、
人前に出る仕事だからね、いろいろ仕方ない。メンタルを強くする修行が必要ですね。

僕がこういうことをこのブログを通して伝えたいのは、
今の目の前のお客さんにはミイラズのこういう気持ちを共有しておいて欲しいなっていう気持ちです。
本音というかね。悔しいんですよほんとに。でも何もできないっていうさ。

僕はこういう発言をブログを通して、少しでもファンの方々に理解してもらって、応援してもらうことが大事かなと思います!
ミイラズも色々頑張ってるので応援宜しくお願いします!

それではまた!次回はゲームの話かなー。

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします。

はうぁ!占いで何事も挨拶から始めたほうがいいこと起こるっぽい感じで書いてあったから挨拶を排泄より大切にするあまりに
新年の挨拶になってしまった!!!!なんてことだ!これでは逆に全然挨拶を大切にしてない感じになってる畠山です。

さて、まさひことケイゾーのベスト解説は楽しんでもらえたでしょうか。
二人は僕が覚えてないことを覚えているので、いろいろフォローしてもらえたので、より詳しくミイラズの10年が伝わったのではないでしょうか。いやーそれにしても二人はよく覚えてるなぁ。俺はほとんどの出来事を忘れてしまう。
え?そんなことあったっけ?とよく三人で話しています。

それにしても、「歌詞を間違えるのがプレゼントと同じサプライズ」っていう考え方はポジティブすぎてびっくりしましたね。
ギャルか!ってくらいにね。みんなしあわせになーれ、みたいな感じでしょうか。ドジティブシンキングですかね。

二人の読んでたら色々思い出したりしたので適当になんか追加しときますか。

ミイラズの10年って僕的には「とにかくやるしかねぇ!」って始めてひたすら全力で走ってきた結成から最初の2年、軌道に乗り始めた2年、勝負する時だぁ!って2年、思ったよりも伸び悩んでそれでもがんばった2年、低迷期2年、って感じです。
最後の低迷期2年ってかなり悲惨な書き方ですが、まぁ僕自身がそう感じてるので、そういう時もあるよねぇーくらいに思ってください。バンドって10年やってたら、大体低迷期がこの辺です。大丈夫です。むしろ普通です。すげー売れてるバンドでも大体この辺で微妙に低迷しています。それをうまく見せないようにしているのが売れてるバンドです。僕にはバレてますよ!ええ!

まぁなので、わりと普通のバンドらしい活動状況なのではないでしょうか。
ただ自分の目的としては、一番伸びる時期に、思ったよりも伸びない世代だったな、っていう残念な感じっていうかね。
まぁこれは最近、もう世代の集客数の限界値、みたいのを感じているので、あんまり気にしてないです。

それよりもこれから先、自分が目指すところにどうやって到達するか、をずっと考えています。
ジョジョで言ったら天国に到達することができるかどうかですね。(ジョジョのゲーム、アイズオブヘブンの話はまた今度します。)

なのでここでいきなりですが、この10年をなんとなく振り返ってみようと思います。

まず、「とにかくやるしかねぇ!」って始めてひたすら全力で走ってきた結成から最初の2年。2006年〜。

この2年は、とにかく俺についてきてくれ、異存は認めない。って感じで突っ走りました。
僕もこのバンドがうまくいかなかったら音楽人生おしまいだ、と思っていたし、マジで本気でした。死ぬ気で頑張ったと思います。
その結果、最初のメンバー全員がいなくなりました。さすがに僕もやりすぎたなと思います。鬼畜かと。今思えば、最悪な人間だったと思います。バンドの成功のためだけに全てを犠牲にしてきたと思います。友情よりもバンドを優先したとハッキリ言えます。
でもそれぐらいの気持ちで臨まないとプロになれないと思ってました。だからわかってくれとは言わないです。
手に入れるために色々犠牲にしました。自分でも失ったものは大きいなと思っています。それよりも手にしたいものがありました。
このころはとにかくライブをやりまくってましたね。今思うと、なんであんなにライブやれたんだろう?って思います。
毎月ブッキングライブやったり、小さいイベントに出演したり、ある意味一番楽しかった時期かもしれないなぁ。
でも細かいことはあんま覚えてないんだよなぁ。

次に、軌道に乗り始めた2年。2008年〜。
1stアルバムリリースして、なんかわからんけどちょっとずつ名前が出て行きましたね。新世代みたいなものが結構出てきたんですよね。
ミイラズに関しては、絶対に成功するって僕は思ってたし、成功させるって思ってたので、こんなん当たり前ーくらいに思ってました。
だから順調に進んでるっていうくらいにしか思ってないです。
この辺から忙しくなってきて、体調よく壊しましたね。この辺の記憶はほとんどないっすね。ケイゾーの方がよく覚えてます。

次に勝負するときだぁ!って2年。2010年〜。
すごく覚えてるのが「観覧車〜」のシングルリリースイベントの渋谷CCレモンホール(現在は渋谷公会堂に名前戻ったよね。)でのライブ。

このライブの前に渋谷AXを即完したんですね、ミイラズは。で、スタッフは次は椅子有りのライブでしょって感じになってたらしく、
AXで発表してすぐにCCレモンホールでのライブだった印象です。
当時の僕は、ライブに関して無関心でどこでライブやるか、とか完全にスタッフに任せてました。
単純にチケットが売り切れたら、次の大きさのステージに行くだけって感じに思ってたので、AX即完だったよー、次はCCレモンホールでやろうと思ってるよー、椅子ありでも今のミイラズなら埋まると思うよー、っていう感じで、わかりましたー、みたいな。
まぁ関係者も含め、みんな心配事とかなかったと思います、何やってもうまくいくでしょ、みたいな空気っていうかね。

今でもこの空気はよくなかったなぁと思います。

ミイラズは当時からモッシュとか起きるようなライブになってましたね。
僕的にはそういうバンドにしたかったわけではなく、自然とそうなっていった、って感じでした。
以前も書きましたが、勝負はハッピーアイスクリームや、シスターのような曲だと思ってました。

だから椅子がある場所でライブを見せれてなんぼって思ってたので、ここは勝負どきだなって思ってたんですね。

でも、モッシュとかが起きてるバンドは椅子ありの場所でライブやったら、失敗するっていう、業界のタブーだったんですね。
もちろんそうじゃないバンドも沢山いるし、未だにミイラズってバンドが完全にそっちのバンドとは思ってませんし。
でも当時のお客さんのイメージは完全にそっちだったんでしょう。スタッフもだからこそCCレモンホールに挑みたかったわけで。

覚えてるのは、当時のマネージャーにけっこうギリギリで、チケットの売れ行きがあんまりよくないから、なんかステージで派手なコトやることにして、それを発表したいって言われて、俺は当時、椅子有りだから、むしろ素な感じでやりたいなぁと思ってたので、むしろ何もしないほうがかっこよくね?とか言ってました。

んで、当日集まったのは座席の3分の2のお客さんでした。
僕は当日まで知らされてなかったんですね、ライブ出る直前、ステージ袖まで当時のマネージャーに、お客さん入ってるよ、と言われてましたから。

調子に乗ってステージに登場した僕は愕然としましたね。「客がいねぇ。」と。まぁそれまでパンパンの景色しか見てないし、椅子があると、ハッキリいない席がわかりますよね。マジで焦りましたね。
もちろん愕然としてる姿を見せるのはプロとして失格なので、動揺を見せないように頑張りましたが、どうだったんでしょう?
僕自身、かなり焦っていたライブだったと思います。なぜならその日、ミイラズのライブで初めてレザーを脱がなかったから。

バーバリープローサムの袖なしのレザーを着てたんですけどね、汗でレザーの背中が色落ちしてまして。お気に入りのTシャツに色移りして、客もいないわ、Tシャツの色、洗っても落ちないわでダブルショックだったのを覚えています。

で、その日の楽屋挨拶で、ロッキンオンジャパンの山崎さんがやってきて、楽しそうに、「なんか客いなかったね!面白い感じで書いとくわ!」と言って「おっす!」みたいな感じでやりとりしたんですね。

そしたら山崎さん、ツイッターで「お客さん3分の1しかいなかったー!」みたいに書いちゃったんですね。
で、その後に「あ、間違えた!3分の1いなかった!3分の2はいました!」ってフォローしたんですけど、
最初の「お客さん3分の1しかいなかったー!」の方がツイッターで回ってしまって。
「ミイラズオワタ」みたいのめっちゃ書かれてしまったんですねー。
いやー、情報操作って怖いわ〜。完全に事故ですけどね。SNSの恐怖。
当時は全然気にしてませんでしたが、今思うとこの辺からちょっと勢いなくなってしまったかなって思いますね。

んで、次に赤坂ブリッツ2days。これはラストナンバーのイベントだったかなぁ。この時は初日は売り切れたけど、二日目は苦戦した気がする。悲惨な感じにはなってなかったけど、当日で売り切れ?とかギリギリ売り切れてないとかだったような。
でも二日やった記憶全然ないな。ほんとに二日もやったっけ??
覚えてるのはマネージャーにチケットの売れ行き悪いからなんか考えて欲しいとか言われてセトリ公開、とかくらいしかしてないような。
てか普通にライブやりすぎなんじゃね?同じ年にデカイ規模何回やってんだよ。その前の年に全国ツアーも1回秋とかにやって、次の年の3月に全国ツアーやって、ほぼ2連続みたいな印象だった。やりすぎだったんじゃないかなー。って今は思います。
まぁこの辺からライブの時代って感じになってたんですかねぇ。

で、次はzeppかな。言いたいコトはなくなったのツアー。うーん、やっぱでかいとこやりすぎなような気がするねぇ。
まぁギリギリ売り切れました。あの景色は覚えてます。客の「うおお」みたいな声が今でもハッキリ思い出せます。

まぁ順調のように見えるけど、けっこうこの辺は苦戦してたと思います。
ちなみにこのzeppの段階で所属してた事務所は解散してたので、ほぼ自分たちでツアーをやるような状況で、かなり危険な体勢だったと思います。最初は、「バンド解散するしかない」とか「ツアー回る金がない」とか色々言われましてね。なんじゃそりゃって感じで。
それでもなんとかツアーは回りました。

で、こないだ書いた「言いたいことはなくなった」の印税が払われない問題が起きました。
印税のシステムに関してはまた今度書きますね。印税って支払われるのは1年後ですからね。支払われてないことに気付くのは1年後なんですよ。あれ?そういえば入ってなくね?みたいなね。はぁ。
ちなみにこの頃グッズの売り上げも1円も貰ってませんでした。ミイラズはあんなにグッズの売り上げあったのにねぇ。
どこいったんですかねほんと。

で、しかもこの年の夏ロッキンフェス出演してないんですよ。ファンの方は覚えてます?
いやぁそれがね、俺らは出演OK出してたんですけど、事務所がなくなるからなのか会社の人間が返答しなかったらしく。え?みたいな。
ビックリしましたね。ほんとに。事務所がなくなるってこういうことですよね。勘弁してよって感じで。

これが勝負するときだぁ!って2年かな。色々あったよなぁ。

で、その後EMIに移籍しました。思ったよりも伸び悩んでそれでもがんばった2年。2012年〜。
まぁメジャーデビューだからね、ここも勝負の時だ!って気持ちではありました。

ほんとは言いたいことはなくなったをリリースした後、1年くらい休止したかったんですけどね、けっこう自分的にもやりきった感は少しあったし、メンバーも休ませたかった。いやぁほんとにこのころ休みが全然なかったんですよ。次のステップのために休みたいなと。でも事務所がなくなってしまったので休めなかった。

メジャーデビュータイミングとかはわりとうまくいってたんじゃないかなぁ。ランキングもシングルで17位でしたからね。
当時のシングル事情考えるとかなり頑張ったんじゃないでしょうか。

で、このままの勢いでアルバムまでって感じでしたが、こないだ書いたシングル「傷名」で会長激押し宣言からの離脱、でもアルバム「選ばれて〜」はけっこういい感じだったのに、グラミー賞だったかなぁ?発表されて、洋楽が急にランキングしちゃって、ほんとは13位だったのに、20位になってしまって、当時の社長に、「ほんとは13位だったんだよ!」って何度も言われましたね。
俺って「持ってない」よねー。

でもこのアルバムツアーのゼップダイバーとかは集客ちゃんとしてたと思うし、全国ツアーもいい感じだったと思う。

この2年はほんと色々あったと思う。休みがほとんどなかったし。
覚えてることも少ないけど、毎日何かがあって、あっという間に2年が過ぎたけど、思い出すとものすごく長く感じる2年間だった。

次は低迷期の2年。2014年〜。
この年の夏のロッキンフェスは、規制かかってるんですよね。レイクステージ。だからまだ「オワタ」感はあんまなかったかな。
2年前は規制かかってたのに、今年のレイクは半分くらいだったもんねぇ。2年でこんな減るんだ?って思いましたね。
まぁシーンも変わったしねぇ。仕方ねぇ仕方ねぇ。悔やんでも仕方ねぇ。次いこ次!ドジティブシンキングだ!
客が減るのもプレゼントと同じでサプライズだ!もう一回増やせばいいだけ!

このあと会社がほぼ解散状態になって、担当がいなくなって、ほったらかし状態のまま次のアルバムオポチュニティを作ることになるんですが、そのアルバム制作に入る前に、話題作りのために「バンド名を変えるのってどう?」みたいなことを会社の人に言われましたね。

なんだかなーと思いましたね。
まぁ確かに時代を考えるとそういう話題作りってすごく大事なんですけどね、「ミイラズ」ってバンドがやることじゃないだろって思いましたね。まぁこの時はさすがに会議室でキレちゃいましたねー。一番偉い人に。
僕がいつも思うのは「ミイラズ」ってバンドをうまく利用していいところを引き出して売り上げを叩き出す、って人と出会えなかったなぁと思います。たぶん「ミイラズ」のおもしろさってそこじゃないと思うから。

で、オポチュニティをリリースしてツアーも待ち構えてた時に事務所が完全になくなって。
自分たちだけでツアーを回ることになりました。さすがに会社無責任すぎるだろって思いましたけどね。まぁ会社の合併ってそういうことなんでしょうけど。お前らが用意したツアーだろと。まぁこういう経験はなかなかできないので楽しかったですけどね。
この時もふざけてんのか?と会議室でキレましたね偉い人に。プッツンきちゃうんですよねぇ。あまりにふざけてると。
プッツンくると止まらないですよね。ジョジョで言うと、完全に承太郎さん状態です。もうねスタンド使えてたらね「オラオラ」ですよね。「もしかしてオラオラですかぁぁぁ???」ですよねほんとに。

んで、このツアーを自分たちで回ってお金のこととか色々知りましたね。いやぁ、もうほんとにね、大変でした。
僕はわりとお金にうるさい方だと自分で思ってたんですけど、こう何度も騙されてるってことは、無頓着なんですかね。おかしいなー。
まぁお金が好きってわけじゃないしなぁ。欲しいもののためにお金があるって思うし。でも、ここまで無頓着だとは自分でも思わなかったかな。正直、色々知ってしまって、あー知りたくなかったなぁーって思った。

んで、ファイナルがコーストだったんですけど、半分くらいしか客が入らず。まぁプロモーション何もしてないですしね。
もうこの辺で、かなり「オワタ」感出てましたね。超ウケますよね。実際超ウケましたね。
思い出すと結構笑えるので、まだ俺って大丈夫だなって思います。

「流行ってる」と人はドワっと集まって、「流行りが終わる」と人はドカっと減りますね。
世知辛いけどそれが現実だと思い知らされました。いい勉強になりましたわー。
まぁ流行りはいつか廃れるし、それを無理やり作ったり、遅らせたりするのが音楽業界の仕事のなのかもしれないけどね。

それでも今付いてきてくれるファンには本当に感謝しか言葉が見当たらないですね。
周りに流されず、流行りとか関係なく、ミイラズが好きだからついていくっていうね。
そんな人たちが今いてくれてるんだなって思います。
ジョジョで言うとね、「ありがとうジャイロ。それしか言う言葉が見当たらない。」ですね。

ライブにはなかなか来れなくなってしまってるお客さんが多いと思うけどね、こちらも長く続けていくからね、来れるようになったらまた遊びに来てください。僕らはいつもステージで君を待っている!ぜ。

で、低迷期って自分で言えちゃう理由としては、まぁいろいろあって、僕もかなり疲れてしまったし、何をすべきかもわからないけど、止まるわけにもいかず、作品は作り続けるしかないし、リリースしないとツアーもやれないし、みたいな中で、その時その時で必死に答えを出してきたけど、結果が出ず。締め切りとの戦いだったり、なんで音楽作ってるかよくわからない時期もあったんですよね。
前にも書きましたが、聞いてくれる人のためでもなく、ディレクターのオッケーのために曲を書くっていうね。そもそも音楽って誰かのためではなく、自分スタートだと思うんですよ。自分がやりたくて仕方ない、楽しくて仕方がない、だからやるっていう。
で、お客さんが増えてくると、楽しませるのが楽しくなってきて、こいつらが喜ぶことしてやりてーぜって思う。
これってすごく健全だと思うんですよね。でも、色々あって理由が見当たらなくなったりしましたね。

それでもしっかり作品を作れたのは、見えないけど応援してくれる人や、一人でも期待してくれる人、地方のライブハウスの入り口で会ったアホなカップルとかね、そういうファンのこと考えると最後までやりきろうと思うんですね。
そんで自分はやっぱり音楽作るしか能がないなって思うし。音楽嫌いになる瞬間もあったけど、諦めたくないんだよね。

僕の中で「低迷」っていうのは結果がついてこなかったことを指します。だから結果として作品も「低迷期の作品」なのかなと。
でも別に「低迷期の作品」が悪い作品って意味じゃないです。「結果がついてこなかった作品」ってだけです。
僕の中ではものすごくクオリティも上がってるし、やるべきことをやってきたと思うし、今聞いてもいい曲だなってちゃんと思えるし。
オポチュニティとかはなんで売れなかったんだろう?って思うしね。
でも僕はバンドにとって「低迷期の作品」があることって大事だと思うんですよね。だって笑えるでしょ?ウケるよね。
「畠山、完全に血迷ってるよねー」みたいな。そういうの好き。大好き。後々になって一番愛せる作品になるよ。みんなにとってもね。
まぁ、作品作ってる時はコレはみんな気にいるでしょ!最高でしょ!って思ってるしね。

「低迷」って自分で言えるのは、この先にあるものに、まだ希望があるからこういうことが言えるのかなって思います。
ま、事実は事実だからね、隠しても仕方ないし。

なんとなく思い出したのはこんなところですかね。

んー、なんかマイナスイメージのことばかり書いてある気がするけど、まぁあんま気にしなくていいよ。
凹む必要なし。凹む暇があったら応援してくれ。応援してくれればそれでよし!ベネ!
ここから盛り上げていく決意を書いてるだけですから。
被害者的な気持ちでこれを書いてるわけではなく、戦っていくぞっていう気持ちです。

今頑張ってるし。一応ずっと頑張ってきたしね。
一番辛かったのは、辛い気落ちを目の前のお客さんにも伝えられなかったことかなぁ。
ステージに立つ人間として弱音を見せれないとか、夢を見せたいとかね、色々思うし。
イメージのために、仕事として悪いところを見せないようにしなくちゃいけないとかね。俺にはそれがけっこう辛かったかな。
嘘をついて良く見せようとするっていう行為は辛いね。でもそれも含めてプロの仕事なんだなって勉強になりました。

俺自身も本当の自分(やりたいこととか、価値観とか、考え方とか、)を知って欲しいと思う反面、俺のプライベートなところは知って欲しくないって思うけどね。

でも10年やってきて思ったのは、もうここからはファンとともに歩むしかねーんだなっていう感覚っていうかね。
ファンとともにミイラズを作っていくっていうかね、ファンもミイラズのメンバーくらいの感じでね。
次の10年はそういう10年なんじゃねーかなって思ってます。そういう風に思えたことは素晴らしいなと。

ま、過去のことだし別にもう終わったことだから話してもいいかなって感じで、そんなこんなで10年頑張りました〜。お疲れさまでした。次の10年はもっとがんばりましょう。
この10年で味わった「成功」と「成功あと一歩感」と「奈落」と「屈辱」はね、なかなか体験できるもんじゃないので、音楽を作る上では大事な経験だったと思いますね。この先作る音楽に、より深みが増すこと間違いなしですね。
人生の勉強にもなったね。

「屈辱」に関しては僕のエネルギーの根本になってくれると思うので、まだまだ頑張れそうです。

で、まぁこう色々あった中で、僕はがんばっていい曲を作ってきたなぁと思えます。
もうね、投げ出してもおかしくない瞬間って結構あったんですよ。「解散」の2文字はね、何回かありました。正直。
それでもね、続けてきてよかったなと、ベスト盤を見てると思えるっていうかね。曲に罪なし!って感じでね。どんな状況でも自分っていう存在を音楽に変化させることができる自分って偉いなっていうかね。天才だなって思います。

ちなみに、マサヒコが書いた記事の中に、「グッバイ…エイジ・ダテ」って曲があったことを思い出しました。
すっかり忘れてましたよ。ほんと俺って天才すぎだなと思いましたね。


じゃあ、まとめまーす!
このベストアルバムを聞いてファンの方々も同じようにいろんな思い出が蘇ってくれると嬉しいです。
そして、新規のお客さんはこのベストアルバムから入門していただいて、ライブで盛り上がってくれると嬉しい。

ということでベストアルバムお買い上げありがとうございましたー。
次の10年もよろしくお願いします。

次回は反響があったので著作印税の話でもしましょうかね。お楽しみにー。

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