明日の週刊新潮の記事で、自民党の中川政務官が重婚ウエディングしたとの報道が出るそうです。
この重婚ウエディングというものが、「単に入籍しながら結婚式をした」ということを超えて、「重婚した」ということになれば、重婚罪が成立することになります(とはいえ、その可能性は低いですが)。
 重婚罪とは、刑法184条に規定されていて、配偶者のある者が重ねて婚姻をしたときには2年以下の懲役とされています。なお、重婚をした相手方も同じように罰則が適用されます。
 重婚罪は、一応、一夫一婦制度を守る為に規定されているとされています。じゃあ、なんで不倫や内縁は許すんだと言われると、そこに刑罰を科されると困る人達が国会にいたからという冗談みたいな理由が浮かびますが、。。。
 中川政務官が逮捕されるかについては、①国会議員には憲法上不逮捕特権があるので、国会の会期中は逮捕されません。また、国会会期外であっても、②証拠隠滅や逃亡の恐れがあるなど、逮捕の必要性を裁判所が認めない限り逮捕されません。この点、国会議員であることと、重婚罪が比較的軽い罪であることから、逮捕はされないでしょう。

 とはいえ、戸籍が入っていたのにウエディングまでする理由については興味深いです。
 入籍しながら次の女性と付き合ってしまい、その次の女性から離婚や自分との結婚をせっつかれて悩んでいる男性の相談をよく受けますが、結婚式までしてしまう方は稀です。少なくとも私に相談された方で、そこまでした方はいません。このような場合、多かれ少なかれなんらかの理由で中川議員が追い詰められていたか、特異な理由があったはずです。
 今後情報が入ったら、重婚ウエディングする人の分析をします。 

 「信じていたのに裏切られた」という言葉を聞くことがあります。
 しかし、「人を信じる」とは、「リスクを洗い出して評価した上で、そのリスクを受け入れてその人と何かをともにする。」(ただしともにする程度には濃淡あり)ということであり、「いい人だから全てを委ねる」ではありません。後者は依存です。
 この定義によると、「人を信じていたのに裏切られた」という状況は、自分が受け入れたリスクが現実化しただけです。
 「信じていたのに裏切られた」という言葉をおっしゃる方には、やんわりと、そのことを伝えつつ、自分が信じたかったんだということに気づいていただくと、以外と心が整理できるようです。

1 浜渦氏の偽証問題に関する誤解
 浜渦氏が偽証しているのではないかという問題で、フジテレビグッディを始め幾つかのメディアでコメントさせていただきました。

 世の中の議論を見ていると、そもそも偽証が成立する場合について誤解されているようなので、整理しておきたいと思います。

2 偽証罪は、記憶と異なることを言うこと
 偽証罪の成立には「記憶と違う事を述べること」が必要です。
 これを世の中の人は、「真実と違う事を述べること」と勘違いされている方が多い印象を受けます。
少し想像してみたらわかると思うのですが、人間には記憶間違いもあります。110番通報を同時に行った人が、犯人の特徴を全く異なって告げていたという事例もあるように、人間の認識能力はあやふやなものです。
 それなのに、真実と一致することを述べるよう、刑罰をもって強制することは、酷なことになってしまいます。
 また、証人はあくまで証拠の一つなので、記憶違いの可能性は尋問で精査されるので、証人自身は真実を言おうとするのではなく、あくまで自分がどう記憶しているか言えば良いということになります。

 この「記憶と違うことを述べたこと」を立証することが難しいことから偽証罪で有罪になるのは難しいのです。
 それでも
① 当然覚えているはずのことを真実と異なるように発言した(例えば、大きな事故や災害といった忘れないだろうという事実)
②証言当時、客観的事実と一致する認識を持っていたことが後で証明された(例えば、「あれー確かにこのメモのとおり俺関わって指示出してたわ、でもそんなこと言えないし困ったなー」と浜渦氏が話している録音が出てきた)
 ような場合には偽証が立証されます。

 しかし、今日の浜渦氏の反論を俯瞰すると、1基本合意までは関わっていた。2それ以降は知らない。というものです。これに、平成13年という16年前のことであるとすると、記憶と異なったことをあえて証言したという立証は難しいです。
 これでは追求する側がどれだけ基本合意以降の客観的事実と異なっていることを声高に叫んでも、偽証で有罪判決を受けるとは到底思えません。

3 なぜ偽証で告発するのか?
 「客観的事実とことなるから偽証だ、悪いやつだ」として、偽証で告発することは、本当に有罪判決をうけさせることが都民のためになると思っているよりも、「偽証だ!でも検察が弱気で立証できないと言って不起訴にしたから仕方なかった!立証できないだけで偽証だ!」と言い張るための政治的利用意図がなければ無駄な行為です。
 「良いか悪いかは別として」新しい資料がない限り、無駄な決議が行われる気がしていますが、これが政治というものなのでしょうかね。
 とはいえ、「基本合意以降は俺知らない。文書は回ってきたかも知れないけど適当にハンコ押してた。」としたらそれはそれで良くないことだと思います。
 東京をどうしていくかという具体的な、未来志向の議論ではなく、過去の汚点を掘り下げるばかりの議論には、お隣の国の大統領が法的な手続き上はやや無理筋に糾弾されることを対岸の火事とは到底思えない怖さを感じつつ、いい加減にやってたとすればがっかりという印象です。

↑このページのトップへ