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昨日、11月30日は最終出社でした。

本日12月1日より有給休暇を頂き、12月末でリクルートキャリアを正式に退職し、2017年から心機一転新たなキャリアを歩むことにしました。

2011年4月に株式会社リクルートエージェント(当時)に新卒で入社してから早いものでもう6年目。
5年9ヶ月勤めたことになります。

今回の退職は、大学一年の頃、妻と結婚して父親になることを決意したのと同じくらいの「一世一代の決断」でしたので、少し長くなりますが、備忘録を兼ねて、入社から今に至るまでの簡単な振り返りと、退職を決意したきっかけは?今後どうするの?という疑問にお答えしたいと思います。

ご存知の方も多いでしょうが、僕は大学1年生の時に学生結婚をしていて、19歳の時に長男が誕生して父親になっています。学生パパでした。
仕事と育児の二兎を得られる社会を創る!19歳でパパになった僕の恩返しのための挑戦。|人材系新規事業開発・ワークライフミックスの活動 西村 創一朗さんの人生
https://an-life.jp/article/235
したがって、就活には命を懸けてました。だって、家族を路頭に迷わすわけにはいかないから。

家族を養わねば!という明確な「働く理由」があったのです。

そんな中訪れたのがリーマンショック。
僕らの世代はいわゆる『就職氷河期』の世代でした。

だからこそ、一層就活は頑張りました。
就活に動き出したのは大学3年の4月頃。
あの当時からすると、比較的早かったように思います。

就活を開始するにあたって、まずはじめに相談したのがかつて所属していたサークルの先輩でした。

聞くとその先輩は「リクルートエージェント」という全く聞いたことのない会社の内定者だと言います。

相談してみたところ『うちの人事に会ってみる?』と言われたので紹介してもらって、霞が関ビルにあるスタバか何かで、リクルートエージェントの採用担当とお茶しながらいろいろお話をしたのが僕にとっての「人生で初めての就活」でした。

僕が就職活動において大事にしていたことが、「とにかく社会人訪問をしまくること」でした。当時はTwitter就活元年、みたいな年で片っ端からTwitterで社会人訪問を申し込んだり、社会人の方に会う度に「一番魅力的だと思う社会人の方を紹介してください!」なんてヌケヌケとお願いしたりしつつ、気づけば100人以上の方にお会いしていました。

その中でもリクルートエージェントの方々は本当に気持ちの良い方ばかりで。会社の話、というよりもむしろ個人主語の話がとても多くて「働かされている」のではなく、自らの意思で「働いている」感じがして、『自分もこんな風に働けたらいいな。こんな人たちと働けたら楽しいだろうな。』と思ったのです。

最終的に複数の企業から内定を頂いた中、リクルートエージェントに入社を決めたのは、『将来起業する時のために、若手のうちから圧倒的な成長が実現できる環境で働きたい』という思いはもちろんでしたが、一番の決め手は『この人たちと一緒に働けたら何か起こせそう』というワクワクが大きかったです。「人で決めました」とか絶対言いたくなかったけど、結果的にそうなってました。笑

そして、東日本大震災で日本中が揺れた2011年3月に「卒業式のない卒業」を経て、翌四月に入社式を迎えました。
5年前のあの空に、桜なんて咲かない。 | 西村創一朗 | note
https://note.mu/soutaros/n/n4822a6edf37f
まだまだ自粛ムード漂う中、極めてしめやかに営まれた入社式でしたが、『こんな状況の中で社会に出れたのだから、社会を良くする義務があるんだ』と不思議な使命感を感じたものです。


研修を終えて配属されたのは、プロフェッショナルサービス三部、通称「ネット部」と呼ばれる、僕が入社したのと同じタイミングで立ち上がったできたてホヤホヤの営業組織でした。

学生時代から寝ても覚めてもインターネットが大好き、というネットヲタクだったので、僕にとっては最高の配属でした。

ネット業界のニュースをまとめて毎日配信する「日刊創一朗」という取り組みは、
今の僕の「発信」の原点にもなっています。
入社してはじめての週末に試してほしいこと。
https://now-or-never.jp/%E5%85%A5%E7%A4%BE%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%AF%E3%81%98%E3%82%81%E3%81%A6%E3%81%AE%E9%80%B1%E6%9C%AB%E3%81%AB%E8%A9%A6%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%BB%E3%81%97%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8-943259787487

1年目はひたすら新規開拓。2年目からは1Gに異動させて頂き、日本を代表する大手インターネット企業から、次の時代を切り拓くスタートアップまで幅広くを担当させて頂きました。

お客様にも、上司にも仲間にも恵まれて、本当に毎日成長感を味わえて、忙しくも楽しい毎日でした。

他方、2年目の年末年始にかけて、あまりに業務を一人で抱え込みすぎてメンタル寸前まで行ったこともあり、「独り」で頑張ることの限界も感じました。

お客様に詰められたわけでも、上司から怒られたわけでもなく、自分で自分を勝手に追い込んでいたのです。

あの時、

「今一番大切なのは、お客様よりもお前の健康を取り戻すことやから」

と、徹底サポートをしてくれた当時のマネージャーとリーダーには、感謝してもしきれません。本当に感謝しています。

それから1カ月弱で何とか立ち直った後は、自然に周囲に頼れるようになり、自分らしさを取り戻せたおかげでお客様からの信頼も勝ち得、業績も順調に伸ばすことができるようになっていきました。
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今はもう解散してしまいましたが、ネット部の3年間は、今でも自分にとってなくてはならない原点です。

## 転身:営業から一転、新規事業企画のプロデューサーに
他方、営業として日々お客様と向き合う中で、自分と同世代の若い人たちがどんどんゼロからサービスを生み出していて「テクノロジーの力で世界を変える」と本気で言っているのを見て『HR面で事業を支えるサポーターではなく、HRの未来を変えるビジネスを生み出すプロデューサーになりたい』という想いがどんどん強くなっていきました。

その当時、転職を視野に入れて、とあるスタートアップの役員ポジションでオファーをされたのですが、
『そうちゃん、何のためにリクルートに入ったの?』
と至極真っ当な疑問という名の嫁ブロックに遭い、スタートアップへの転職は辞め、リクルートキャリアという環境でプロデューサーを目指すことを決意したのでした。
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その頃はじめたのが『Now or Never』というブログです。「今やるか、やらないか」という意味で、僕が行動基準にしている考え方そのものです。
NOW OR NEVER
https://now-or-never.jp/
入社3年目の2013年の5月。ゴールデンウィークに立ち上げ、以来コツコツと書き続けました。

「営業として目の前の顧客の期待に応えること」と、
「プロデューサーという理想のキャリアを実現するために動く」という二兎を追うのは、
決してラクではありませんでしたが、とにかく楽しかったことを覚えています。

2014年の4月。

念願叶って、入社4年目に上がるタイミングで、新設された新規事業立ち上げに特化した部門に異動をさせて頂きました。

プロデューサー1年目の僕を、時に厳しく、時に温かく指導してくれたのが、現在EXEとして活躍されている上司の細野さんでした。
人と仕事をつなぐ理想のしくみを求めてーー10年以上の時が積み重ねられた“ゆるやかなイノベーション” - 原点を辿るキャリアマガジン「カラリア」
http://www.carraria.jp/entry/2016/03/30/022656
人生で初めて自らが企画担当者として世に出したサービスが「企画力で勝負できる転職サービス『PLAN』」。
メディアにもたくさん取り上げて頂きました。
http://thebridge.jp/2014/11/plan-by-blabo-and-recruit-careerが、企画の筋がいかんせん悪く、結果的にビジネスは全然上手くいかず、サービスリリースからわずか4カ月で撤退。クローズを決めました。初めて産んだわが子を自らの手で終わらせなくてはならないのはあまりに悲しいことでした。

結果的に「大ゴケ」してしまいましたが、サービスの立ち上げからクローズまで、細野さんという偉大なビジネスプロデューサーから直接薫陶を受けながら経験できたことは、本当に宝物だと思っています。

"Break The Bias"

は今でも僕のモットーです。
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当時のチームメンバーと。新卒採用のポスターに採用頂きました。一生の思い出です。

## 進化:Mr.リファラル採用に。
その後、入社5年目のタイミングでREFCRU(現GLOVER)チームにジョインしました。
企業の採用力を高めるリクルーティングプラットフォーム
https://gloverhr.com
既に欧米では主流となっていた採用手法、「リファラル採用」を日本でも拡げる起爆剤となるような、ITテクノロジーツールの企画・開発・BtoBマーケティングがミッションです。

採用のあり方を根本から変える可能性を秘めた新しいプロダクトを、営業時代に培ってきた営業力や、ブログで培ったコンテンツマーケティングスキルのすべてを総動員して日本中に広めていくこと。

「これがまさに僕がやりたかったことだ!!」

と日々興奮しながら活動していたことを覚えています。

プロデューサーとして企画・戦略をプロダクト責任者と同期の3人で考えながら、セールス担当として日々お客様の元に行脚する。

自分が携わったコンテンツ企画が爆発的にヒットして、コンテンツマーケティングによってインバウンドセールスを実現する、という新しい型を創れた瞬間でもありました。

この頃、元LIGの寺倉そめひこさんと出会えたのは本当に僥倖と言うほかありません。
【実録保存版】社員紹介からの採用決定数が一気に4倍アップした話 | 人事担当必見!よくわかる採用戦略
https://liginc.co.jp/184701
しかし昨年の7月、まさかの事態が起こります。

『西村。来月から採用グループに異動だから。』

これが僕の天職だ!GLOVERで絶対にリファラル採用のマーケットを創ってやる!!

と決意した直後の話だったので、ショック以外の何物でもありませんでした。

さらに、採用担当をやりたい、という気持ちはその当時は一ミリもなかったので、それこそ本気で退職しようかな、なんて考えていましたが、

そう自分に言い聞かせて、ほんっっっとうにたくさんの方々の協力を得ながら立ち上げたのが、
リクルートキャリアのリファラル採用プロジェクト「MEET’S」です。
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最初の頃は全然上手くいかなくて凹み続けていたのですが、マネージャーやチームメンバーのやさいちゃんの支えもあり、とあるキャンペーンをきっかけに、一気にうまく回りはじめました。

MEET’Sを立ち上げてから1年2か月が経ちましたが、のべ50名近くの方がリファラル採用経由で入社頂き、めざましく活躍頂いています。

## 挑戦:育休的起業という選択。
そんな中、退職を決めたのは、今年の6月30日。
28歳の誕生日の日でした。

「20代の僕は、あと2年で死ぬんだな」

そう思った瞬間に、自分の頭によぎったのが、
"Now or Never"
=今やるか、一生やらないか。
という言葉でした。

きっと、今挑戦しなかったら、一生後悔する。
そう思って、その日のうちに妻に退職する旨を伝え、その翌日には上司に退職の旨を申し入れました。

また、直接的なきっかけとして大きかったのは、今年2月の娘の誕生でした。
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長男、次男からの長女。

待望の女の子の誕生だったのですが、もう、本当に本当に可愛くて可愛くてたまらなくて。

3人目なので、恐らくは最後の子どもになります。
1分1秒でも多く、この子と過ごす時間を大事にしたい。妻が自分のことに注げる時間をもっと増やしたい。

そう考えて育休の取得を考えたこともあったのですが、育休を取ってすぐ辞めるのはもちろんあり得ない話なわけで、育休を取ったら少なくとも2〜3年は働いて恩返しすべきだと考えたら、育休取ったらもう30代に突入してしまうなぁと。

だったらいま、『育休的起業』をすれば良いのでは?という発想になりました。

幸い、今はインターネットが発達しているので、家で出来る仕事もたくさんあります。

なので独立後は週に2〜3日は娘を抱っこしながらカンガルーワークで地元多摩で働きつつ、週に2〜3日は都心に出て働く、というデュアルな働き方にチャレンジしてみたいと思っています。
## 二兎を追って二兎を得られる世の中へ。
『退職して、何するの?』という話をすると、
「二兎を追って二兎を得られる社会をつくる」
ことに本腰を入れてチャレンジしていきたいと思っています。

既に昨年の6月30日に既に自分の法人として、株式会社HARES(ヘアーズ)を立ち上げているのですが、まずはそちらに活動の軸足を移したいと思っています。
HARES.JP | 二兎を追って二兎を得られる世の中をつくろう
http://hares.jp/
HARE=というのは「野兎」という意味で、「二兎を追っては一兎をも得ず」の「兎」のことを指します。
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子育て×キャリアという二兎。
本業×副業(複業)という二兎。

一度きりの人生、追いたいものがあるなら、二兎でも三兎でも追ったらいいじゃん!というのが僕が大切にしている価値観で、そういう価値観が当たり前に受け入れられる世の中にしたい、と思っています。
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日本は残念ながら、仕事を通じて幸せになる人が世界一少なく、仕事を通じて不幸になる人が世界一多い国です。

僕が実現したいのは、行きすぎた長時間労働をなくし、個人が過度に縛られることをなくし、「二兎を追って二兎を得られる世の中にする」ことによって、仕事を通じて幸せになる人を増やし、仕事を通じて不幸になる人を減らすことで『最大多数の最大幸福』(ジェレミー・ベンサム)を実現することです。

具体的にやっていく事業は次の2つです。
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一つは、企業経営者がの二兎を追って二兎を得られるよう支援するHR Innovation事業。

もう一つは、個人が『お金を稼ぐために働くことと、自分らしくイキイキと暮らすこと』の二兎が得られる世の中を創るWorkStyle Innovation事業。

中には気づいた方もいらっしゃるかと思いますが、
ひとりでも多くの人たちが「働く喜び」を膨らませ、「働く喜び」の輪が、新たな活力を生み出している社会を創りたい
というリクルートキャリアのビジョンと、極めて親和性が高いです。そもそもそういうビジョンに共感してずっとやってきたわけなので、当たり前ですよね。笑

今回、僕はリクルートキャリアを退職するという決断をしましたが、それは単に僕とリクルートキャリアの関係性が、
「従業員」から「パートナー」に変わるだけだと思っています。

LinkedIn創業者のリード・ホフマンの『アライアンス』的な世界観ですね。
「最終出社」という「終わり」を迎えてもなぜかあんまり寂しさを感じないのは、退職した後も「パートナー」としてゆるやかにつながり続けてゆくことを確信しているからだと思います。

5年と9カ月、本当にお世話になりました。20代という貴重な期間を過ごせたのがリクルートキャリアで、本当に本当に良かったです。

生まれ変わっても、というのは大げさかもしれませんが、もう一度就活生に戻れるとしても、やはりリクルートキャリアという会社を選択していたと思います。

まだまだ未熟者の僕ですが、これからも末永くよろしくお願いします。

自宅に帰ったら、22時過ぎにも関わらず、子どもたちも起きて待ってくれていました。

『おとうさん、カイシャおつかれさまでした!パチパチ👏』

とおばかブラザーズに拍手で迎えて頂きました。笑

長男からはお手紙を。
次男からは絵を。
妻からはPS4(FF15エディション)を退職祝いでプレゼントして頂きました。

長男の手紙が個人的にはツボです。笑

追伸:
『独立祝いに何か贈らせて!』とありがたいお申し出を頂いたので、僭越ながらウィッシュリストを公開させて頂きました!
Amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/1G9LUQF75M2DR
西村を、HARES(ヘアーズ)を応援したい!という素敵な方は何卒よろしくお願いします^_^

*贈ってくださった方はクローズドのFacebookグループ「HARESファミリー」にご招待しますので「贈ったよ!」と一言コメント、メッセージ頂けると助かりますm(_ _)m