私は小学校時代を三つの学校で過ごした。

はじめに通ったのは、ドイツの小学校であった。
父親の仕事の都合で二歳でドイツに引っ越し、日本人幼稚園に通った後、日本人小学校に通った。私の住んでいた地域は日本人の家族が多く、30人以上のクラスが各学年3クラスあった。ドイツ語の授業も週に一回くらいだったので、ほとんど日本の小学校と変わりはなかった。地域柄なのか、のんびりした子が多く、平和な空気しか漂っていない学校で、本当に良い思い出ばかりが思い出される。

しかし、小学校二年生の途中で、また父親の転勤が決まり、中国の小学校へ転校することになった。
こちらも日本人小学校で、中国語の授業も週に一回程度、やはりのんびりした子が多かった気がする。転校してすぐになんとなく友達ができて、間もなくあった学校祭でも、友達と浴衣を来て色々見て回った記憶がある。しかし忘れてはいけないのが、この浴衣は母の手作りであったという事である。

ドイツから転校してきた私は、浴衣を持っていなかった。もちろん、中国に浴衣は売っていない。今のようにネットショッピングも一般的ではなかったし、すぐに手元に準備できる環境ではなかった。しかし、友達は「学校祭では、仲良しのみんなで何かお揃いにしたいから、花ちゃんも浴衣着ようよ」と言ってくれていた。学校祭は二日後、今から買って準備するのは到底無理な話であった。でも、どうしても浴衣が着たかった。幼心に、とにかく新しい環境に早く馴染みたかったのだ。

私は母親にダダをこねた。はじめこそ「無理よ」と言っていたけれど、母親はしばらくすると、「わかった、なんとかする」と言ってくれた。それから、母親は寝る間も惜しんで、実家から持ってきた大きめのシーツのようなものを使って、手作りの浴衣を作ってくれたのだった。帯は同じマンションに住んでいる人から借りた気がする。友達は皆ピンクや水色など鮮やかな色の浴衣を着ていたが、私は真っ白いガーゼのような生地に、細かい紅葉か何かの柄があるだけの浴衣だった。確かに地味ではあったが、間違いなくあれは世界で一番素敵な浴衣だった。

しかし、たった二ヶ月ほど中国に住んだだけで、また父親の転勤が決まり、日本に帰ることになった。
転校するということは勿論事前に両親から知らされていたが、教室で「関取さんが来週転校することになりました」と先生がクラスの皆に報告した時に、私は思わず泣いてしまった。人前で泣くなんて大嫌いだったので、先生や友達に「どうしたの?」と聞かれた時、私は「転校するなんて聞いていなかった」と嘘をついた。皆は「寂しいよね、悲しいよね」と言ってくれたのだが、私はそれで泣いたわけではなかった。浴衣がなくても自信を持って学校祭を楽しめるようになるまで、この学校にいられなかったことが悔しかったのだ。なんとなく皆に混じって、一応昼休みに算数セットを使ったおままごとに参加したりもしていたが、「たまにはドッヂボールしようよ」と言いたかった。いつか言えたら良いな、と思っていたのだが、それができないまま転校するのが悔しかったのだ。

日本に帰国してから通うことになった小学校には、私がドイツに行く前、本当に赤ちゃんの頃によく一緒に遊んでいた友達が通っていた。ちなみにその子には二つ上の兄がいて、私の兄と同級生で、家族ぐるみでずっと仲良くさせてもらっていた。今考えると、転校の多い私や兄を気遣って、両親はその兄弟と同じ地域に住むことにしたのではないか、と思う。

転校してからすぐ、「プレゼント」というテーマで作品を作ろうという図工の授業があった。
私は赤ちゃんの頃から、「うさちゃん」という名前のうさぎのぬいぐるみを持っていて、絵を描くときはとにかくその絵ばかりを描いていた。よし、「うさちゃん」を主人公にした絵を描こう、と思ったのだが、周りを見渡すと皆は宇宙人の絵を描いていた。当時、私のクラスでは宇宙人の絵を描くのが流行っていたらしかった。私はすぐに迎合して、皆と同じような宇宙人の絵を描いた。理由は簡単である。またいつ転校になるかわからない、とにかく一刻も早く馴染みたい。ただそれだけであった。中国の小学校から転校することになった時、あんなに後悔したのに、結局同じことを繰り返してしまったのである。

しばらくして、なぜかその絵が横浜市の小学校の図工展のようなものに入賞したと聞かされた。
私のそのあまり思い入れのない宇宙人の絵は、関内にあるホールに展示されるとのことだったので、休日に家族で見に行くことになった。一応その絵の隣で慣れないピースをして写真を撮ったものの、それだけ済ますと、「はい、じゃあもう行くよ!」と母はさっさとそのホールを出ようとしたのであった。

母は、「上手に描けてるねぇ」とは言ってくれたが、それ以上のことは言わなかった。私が広告の裏にマッキーで「うさちゃん」の絵を描いた時の方がよっぽど褒めてくれたなぁ、と思うと、その心理が私にはよくわからなかった。普通、子供が何かで賞をとったら、親というのは、「すごいわね!さすが私の子!」みたいな感じで褒めるものなんじゃないのか? そんなことを思ってとぼとぼと母のうしろを歩いていた。

すると母が、「花ちゃん、どうして宇宙人の絵を描いたの?」と聞いてきた。私はドキッとして、正直に「皆が描いていたから」と答えた。すると母は、「だよねぇ、でもお母さんは、宇宙人の絵で賞をとる花ちゃんより、うさちゃんの絵をニコニコ楽しそうに描いている花ちゃんが好きだなぁ」と言った。少し、泣きそうになった。

それから、学校生活でもなんでも、もっと自分らしくしようと思った。
お腹が空いていたら、胸を張って給食のおかわり戦争にも参加した。(結果、すごく太った。)めんどくさかったから、風呂に入らなかった。(それは毎日母親に怒られていた。それは「らしさ」じゃなくて「怠惰」だと。)
でも、そこから急激に毎日が楽しくなったし、今でも大親友でありこのブログにも何度も登場しているRちゃんとも急速に仲良くなったりした。あの時、母が私の宇宙人の絵を、賞をとったからと言う理由で褒めちぎっていたら、きっとそうは行かなかったと思う。


さて、なぜこんな話をしたかと言うと、私は今、曲作りに完全に煮詰まっているのである。
もう長いこと、頭にドーンと石が乗っかっている。これまでにはなかった、重く、大きい石だ。どんな歌詞を書いても、どこかを切り取られて、本来とは違う解釈をされたらどうしよう、ということばかり考えてしまう。無数の槍から自分を守るために頭に乗せた石のせいで、自分がどんどん押しつぶされて行く。腕を伸ばして深呼吸することも、空を見上げることも、忘れてしまいそうになる。

そんな時にはいつも、この小学生時代の転校のことを思い出す。そしてその度に、我に返るのだ。

新しいアルバムを出したり、新しい仕事に挑戦をしたりすると、新しい評価が下される。それは嬉しいこともあれば、悲しい事だってある。でもそれは、たまたま誰かに、その時馴染まなかっただけの話かもしれない。時間をかけてでも、きちんと自分らしくいたら、いつか分かりあえるかもしれない。手軽に愛されようとしたり、安心できる場所にあぐらをかいていては、いつまでたっても始まらない。失敗しながら、たくさんの仲間を作って行けば良いじゃないか。
私は死ぬまで、転校生だ。







「大人の紅茶」という商品をご存知だろうか。

コンビニなどで売っている、1リットルの紙パックの紅茶である。普段家では基本的に水しか飲まない私だが、あれが無性に飲みたくなる時があるのだ。

私の家の近くには数軒コンビニがあるのだが、この「大人の紅茶」を扱っているところは一軒だけである。家からは徒歩15分ほどかかり、決して近いとは言えない距離だが、これが飲みたい時に限っては、出不精の私も何かに取り憑かれたかのような大股で、思わず早歩きをしてそのコンビニへ向かってしまう。

遡ること約一年前、その日はスタジオで個人練習をし、なんだかたくさん歌って気分が良かったので、重いギターを背負ったまま私はそのコンビニに向かった。目的は勿論「大人の紅茶」である。

自動ドアが開くと同時に、私は一目散に紙パックの並ぶ冷蔵棚へと向かった。なんの迷いもなく大好きなアップル味を手にし、レジに並んだ。実に無駄のない動きだ。家に帰ったら、お笑いのDVDを見ながらこいつをストローでチューチューするのだ。ちょうどDVD一枚が見終わるくらいのタイミングで飲み干せるはずだ。そのあとは、心地の良いお腹のチャプチャプ感と共に、そのままベッドにごろ寝でもしようか。

そんなことを考えているうちに、レジは私の番になった。

「いらっしゃいませぇ。」

と、白髪混じりの店長さんが言う。商品を差し出す私。しかし、一向にピッとやってくれる気配がない。店長さんは、紙パックをじっと見つめている。

「…大人の、紅茶。大人の、ね。」

そう呟くと、私の顔を見て、店長さんはこう続けた。

「君にはまだ、大人の紅茶は早い!」

一瞬何が起きたかよくわからなかったのだが、店長さんが満面の笑みでそう言ってきたので、私も思わず、

「やっぱり?そうですよねぇ!」

と答えてしまった。

「まぁ、今日は良いだろう、部活?楽器頑張ってるんだねぇ。」

なるほど、確かに私は身長も低いし、そう思われても仕方がない。しかし、嘘はいけない。

「あ、いや、もう学生ではないんです。意外と、大人なんですよ。」

一応弁明してみたが、

「嘘だね!!」

と自信満々に返されてしまった。

正直もうどうしていいかわからないのと、後ろに他のお客さんが並んでいるのもあって、

「嘘です!学生です!でも大人になりたいからこれ下さい!」

と咄嗟に嘘をついて、急いでお会計をしてもらった。

なんだったんだろう……と思いながら、その日は家に帰った。とりあえず、悪気があるとかそういう感じではなかったし、単純に冗談が好きなおじさんなんだろうと思うことにした。

そして数ヶ月後、また無性に「大人の紅茶」を飲みたくなってしまったので、私はそのコンビニに向かった。店長さんは私のことをなんとなく覚えてくれていたらしく、また声をかけてくれた。

「だから、君にはまだ早いよ、部活は順調?それより、今日は平日の昼間なのに学校サボってるだろ!」

正直、ちょっとめんどくさいなあと思ってしまった。とにかく早く帰りたい。早く「大人の紅茶」が飲みたい。

「はい、おかげさまで順調です!今日はテスト休みなんです!」

私はまた、小さな嘘をついてしまった。べつに誰に迷惑をかけるわけでもないし、これくらい良いだろう、と。

そんなことが、数ヶ月おきに、何度か続いた。
自分ではない自分を作り上げて話をするのは、正直楽しかった。学生時代に戻ったような気分になったし、少しずつ店長さんとも距離が縮まっているような気がして、嬉しかった。どのタイミングで本当のことを言おうか。いつか、この店長さんがうっかりテレビなんかつけた時に、私が歌っているのを見かけてびっくりしてくれたらいいなぁ、そんなことを考えたりもした。そしていつか、「そういえば君、学生じゃなかったんだな!テレビで見たぞ!」なんて言ってくれたりしたら、なんだか嬉しいなぁと想像してみたりもした。

先日、どうしようもなく「大人の紅茶」が飲みたくなったので、かなり久々にそのコンビニへ行った。自動ドアが開くと同時に、私は無意識に店長さんを探していた。しかし、その姿はどこにも見当たらなかった。よく見ると、ところどころ店内のレイアウトも変わっているではないか。それまではなかった手書きポップなんかもあったりして、なんだか少し印象が変わった感じがした。

レジに並ぶと、ずっと変わらずそこで働いているお兄さんが接客をしてくれた。 

「少し、お店の印象変わりましたね。」

と言うと、

「あぁ、実は店長が変わったんスよ!」

とのことだった。

「あぁ、なるほど……」

とぼんやり呟きながら、私は「大人の紅茶」を難なく購入した。

その帰り道、私はモヤモヤしていた。あの店長さんがいなくなって寂しいというのはもちろん、結局わたしは嘘をついたままだったなあと思ったのだ。いつか本当のことを言えばいいじゃないか、そう思っていたのだが、それももう叶わない。どんなに小さなことだったとしても、嘘が嘘で終わってしまったことに変わりはないのだ。そして、きっとこれだけに限らず、いつか、いつか、と思っているうちに、結局小さな嘘をついたままやり過ごしてしまっていることがたくさんあるんだなあ、と思った。

もちろん、大それた嘘をついたりはしていないし、ごく個人的な範囲ではある。元気じゃないのに元気なフリをしたり、気にしているのに気にしていないフリをしたり、自我よりも今自分に求められていることは何なのかということばかりを気にしてしまったり。たしかに全部必要なことだし、一つ一つは小さなことだし、ちゃんと頑張っていればいつかわかってもらえるとか、いつか笑い話にして話してやる、と思ってのことだが、それでもやっぱり、日に日に、少し息苦しいな、と思うことが増えているのも事実である。

そんなことを考えているうちに家に着き、私はいつものように「大人の紅茶」を飲みながらお笑いのDVDを見ることにした。もう何回も見たコントだ、次にどんなセリフが来るのかも、どんなオチなのかもわかっている。でも、だから良いのだ。脳を介さないで、酒の力を借りないで、ただカラカラと笑いたい時があるのだ。そんな時は、これが一番良いのだ。

そうこうしている間に、あっという間にDVDも「大人の紅茶」も終わってしまった。真っ暗な部屋で、煌々と灯るパソコンの画面をぼーっと眺めていたら、無理矢理に満たしたお腹が、不気味にチャプチャプと音を立てた。いつかこの虚しいチャプチャプに溺れてしまうんじゃないか、と思うと、なんだか少し怖くなった。 

26歳、「大人」に溺れないで、きちんと大人になって行かねばならない。そんなことを思う、今日この頃である。




春は好きである。なんか好きである。

しかし、春にこれといった思い出はない。
クラス替えで好きな人と離れちゃうのがつらくてとか、そういった淡い思い出も特にないし、仲の良い友人とクラスが離れるのは確かに寂しかったが、休み時間は色んな教室に遊びに行く派だったので、クラス替えと同時に疎遠になるとかそういったこともなかった。

何より、私は中高一貫校に通っていたので、高校からは別々の道、とかそういったターニングポイントめいたものもなく、当たり前のように6年間同じ顔を見て過ごしてきた。しかも大学付属の学校だったので、大学生になるにあたっても、学部やキャンパスが離れることはあっても、何かと会う機会はあったりして、結果なんとなく自然と10年の月日が流れていた感じである。

そんなわけで、中高の友人とは今でもしょっちゅう会う。本当にどうでもいい話をして涙を流しながら笑っている。

先日も、よく集まるメンバーのうちの4人で遊んだ。私以外は皆会社勤めの子たちである。しかしまぁ面白い。あと超適当。

表参道でランチを食べたあと、みんなで散歩をしていると、謎のおしゃれなお店(住宅街に突如現れた海外風の青い看板のお店)を発見したので、

「表参道レベルになると街に差し色持ってくる」

「これは全青界でも一番の青」

「この青はかなり意識高い青」

などと意味のわからないことを言いながら、とりあえず入ってみることにした。そこはグリーティングカードのお店らしく、店内には、世界中の様々なグリーティングカードや絵葉書なんかが所狭しと並んでいた。

店に入るなり、各々パッと目についたものの方へフラフラ歩いて行く。観光ツアーに行っても、絶対集合時間に帰ってこないようなタイプの集まりなのである。

しばらくすると、遠くの方から

「ヤバい、超祝われてんだけど!!」

という謎の喜びの声が聴こえてきたので、なんだなんだとみんなで駆けつけると、そこはご祝儀袋のコーナーだった。発見した友人は、ちょうどご祝儀袋を探していたこともあり、テンションが爆上がりしていたようである。

そこからは誰からともなく、ご祝儀袋での大喜利大会みたいなのがはじまった。とにかく色んなデザインがあったので、このご祝儀袋は誰っぽいだの何っぽいだの、そんなことを話しながら、結局友人は、その中でダントツでダサいやつをなぜか買っていた。曰く、「一周回ってこれが一番可愛い」完全にご祝儀袋ハイである。

そのあとも街をフラフラしながら、この家にはどんな人が住んでいそうだのなんだの話していた。

しばらくすると、とりあえず座りたいという話になったので、カフェでお茶をすることにした。店内だと話し声がうるさくて迷惑をかける危険性があるので、テラス席にした。

そこでもまぁ喋る。よく喋る。そして話す内容がみんな最高にしょうもない。(褒め言葉)

「結婚式の出欠の紙、返信するの超めんどくさい」

「なんで?○つけて出すだけじゃん。あ、線引いたりとかがめんどくさいってこと?」

「いや、なんかポスト」

「ポストに出すっていうのがめんどくさい」


「…マジわかる」

そんな話をしながら、結局その日は日が落ちる前には解散した。各々、帰って勉強しなきゃいけないことがあるとか、見たい映画があるとか、一人で買い物したいとか、そんな感じであった。あまりに自然に、あまりにあっけなく、じゃあ今日はこんな感じで! とパッと解散する、これがいつも本当に気持ちが良い。愉快な中にも、妙な熱さとかこだわりとかがあったりして、彼女達のそういうところを、私はとても尊敬している。

何かあるたびに友人達は、「面白い話があるから聞いて、どっかでネタにして、でもその代わり売れて、ウチくる!?かA-studioにいつかうちらも出して」と言ってくれる。応援してるよ、とか、頑張ってるよね、とか、そういう言葉じゃないけれど、何か伝わってくるものがある。そういうところも最高な、自慢の友人達なのである。

しかし、何がきっかけで仲良くなったのか、まったく覚えていないのである。部活も全員違うし、クラスもみんなが一緒だったこともないのである。彼女達と仲良くなったあの頃、一人はゴリゴリのギャルだったし、一人は美術部で絵を描いていたし、私はとりあえず眉毛がなかった。でもなんとなく仲良くなった。不思議な話である。

新年度がはじまり、新しい環境で新しい人間関係が築かれはじめる時期である。わたしは会社勤めではないので、今年もぬるっと春を迎えるわけだが、会社勤めの方や学生の方は、毎年苦労があるんだろうなぁ、と思う。

肩書きやジャンルで人付き合いをして来ようとする人達も中にはいるだろう。でも、そういうのを抜きにして、なんとなく仲良くなれる人もきっとたくさんいるし、多分そうやってできた友人って、やっぱり良いもんだと思う。

少なくとも私の友人達は、みんな違って、みんな最高である。 そんな彼女達の自慢の友人に私もなりたいと、最近あらためて思う次第である。頑張んなきゃね。

ちょっとクサい話になっちゃったけど、それもこれも、多分、春のせいである。そういうことにしておこう。

春は好きである。なんか好きである。ちょっと素直に、青臭くなれるからである。

それは二週間前に始まった。
毎日掃除をしているにも関わらず、風呂の排水溝が詰まって、水はけが途端に悪くなったのである。

パイプユニッシュをしたり、髪の毛が落ちないように工夫をしたり、いろんな事をやったのだがてんで効果がなく、原因不明故の煮え切らなさに、私は毎日イライラしていた。

業者さんになんとかお願いしようかとも思ったのだが、最近バタバタしていて、日中まとまった時間家にいられる日がまるで無い。まあ、落ち着いた時にゆっくり直してもらおう、と最初は思っていたのだが、いよいよ耐えられなくなってきた。

毎晩、ひじきの夢を見るのである。

夢の中で、私は風呂の排水溝を掃除している。
排水パイプの奥まで届くような、先っぽにたわしのついたものでゴシゴシやっていると、急にゴポゴポと音がする。そして、たわしを引っこ抜くと、大量のひじきが排水溝から溢れ出てくるのである。

こいつがなんとも気持ちが悪い。

ただのひじきならまだしも、私の夢に出てくるひじきは、砂鉄のような動きをするのである。風呂場の床や、私の肌に、ピッタリとこびりついて離れない。はらってもはらっても、なかなか落ちてくれない。そうしてひじきと格闘していると、なぜかひじきはそこらじゅうに根を張り始めて、色鮮やかな花をつけるのである。しかしこれがまたなんとも薄気味悪い。何せ茎から葉っぱから全部真っ黒いひじきの集合体なのである。鮮やかな花とのコントラストは、最強に悪趣味である。

そんなこんなで、毎晩毎晩ひじきの夢を見てはうなされていた私だったのだが、ここ一週間ほどはキャンペーンで様々な地方に出かけてホテルにずっと泊まっていたため、ひじきを忘れることができた。ホテルの風呂は水はけが良い。同じユニットバスでも、こんなに快適だとは。その期間中は夢にひじきは出てこず、ケンドーコバヤシさんが出てきた。(にけつッの見すぎ)

そんな中一昨日は、関西でのキャンペーンが終わり、ラジオ収録のため一日だけ東京の家に戻る日であった。つまり、再びあの風呂を使用せねばならないということである。

風呂のことを考えると、背筋がゾワッとした。なんとなく、今夜いよいよ、現実世界でもひじきが排水溝から出てくるんじゃないかという気がして、途端に家に帰りたくなくなった。

もしかしたらそこにはひじきが、溢れる大量のひじきが、星の数ほどのひじきが、私を、私の部屋を…いやぁああああああ!!

ということで、その日は外でちょっと飲んで、ひじきのことを考えずに気持ちよく「無」の状態で風呂に入れるようになるまでは帰らずにいようと決めた。

たまたま、中学からの同級生の友人と連絡が取れた。その友人とはいつも渋谷で会うことが多いのだが、その日はなぜか恵比寿に集合となった。そして、いつもあまり和食は食べないのだが、その日はどこに入ろうか迷ってウロウロしているうちに行き止まりに着いてしまい、その行き止まりにあった和食居酒屋に入ることになった。

私は生ビールを、友人は車だったのでジンジャエールを注文した。ちばあきお先生のプレイボールの続編が始まるらしいとか、何にせよ紺色は良いとか、いつも通り他愛もない話をしていた。

しばらくすると、店員さんがやってきた。

「こちらお先にお通しになります。」

私は絶句した。

そう、御察しの通り、ひじきだったのである。

私は思わず「うわっ」と声に出してしまった。
普段まったく好き嫌いのない私がそんな反応をしたので、友人も「えっ」と言った。

私はすべてを話した。最近なぜか排水溝が詰まって、ひじきの夢を見ること、気持ち悪くて眠りが浅いこと。

友人は、「あぁ、じゃあひじき無理して食べなくて良いよ」と言ってくれたのだが、なぜか私は「いや、食べる」と答えた。

脳内では排水溝の臭いが漂っていた。ひじきを口に入れたら、排水溝の味(知らないけど)がする気がした。でも、ここで食べなかったら、ずっと好きだったひじきを嫌いになったと決めつけるも同然である。そんなむやみやたらに嫌ってはいけない。だから、私はひじきを食べた。

すると、なんてことない、ちゃんといつものよく知っているひじきの味がした。しかし、一口食べただけで、なんかもういいや…となってしまった。

そんなこんなで、ひじきをそれ以上食べることはなかったが、あれこれと話しているうちに、22時半くらいになっていた。翌日は朝の6時半には家を出なければならなかったため、その日は早めに切り上げることにした。

帰り道、一人でトボトボと歩いて帰る途中、私はコンビニに寄った。明日の朝ごはんを買おう、と思ってサラダの棚を見ていると、黒々としたものがいやに目についた。

ひじきである。

わたしは再び、「うわっ」と思わず声を出してしまった。店員さんが疲れた目で私を見ていた。恥ずかしくなって、結局何も買わずにコンビニを出た。

もう一軒コンビニに行った。サラダの棚に行くとあいつがいる。ならば、明日はスープパスタにしようではないか。私はスープパスタの棚に向かった。

すると、綺麗なお姉さんが、同じ棚のところへやってきた。スープパスタを手にとり、お姉さんはカゴに入れた。なんとなくそのカゴの中を見た私は、思わず目を疑った。

また、ひじきである。

私はまた「うわっ」と言いかけたが、なんとかこらえようと思い、「ゔゔ」っという変な声を出してしまった。お姉さんは気づいていなかった。…と思う。

そんなこんなで妙な恐怖心を抱きながら、家に着いた。私は荷物を置くなり、しばらくひじきのことを考えていた。

お弁当に入っていたひじき、炊き込み御飯に入っていたひじき、お稲荷さんのご飯に入っていたひじき。輝かしいひじきとの思い出が、走馬灯のように通り過ぎて行った。途端に、なんだか悲しくなってきた。

ひじきに罪はない。食べようと思ったら今でも全然食べられる。でも、でもね。多分もうあの頃の私たちには、戻れない。ごめんねひじき、ごめんね。

そんなことを考えながら、気づけば私はうたた寝をしてしまっていた。そしてまた、ひじきの夢を見たのである。
 
排水溝から溢れる大量のひじき。 

床に、肌に、張り付くひじき。

ついにはものすごいスピードで、私の住むマンション全体を覆ったひじき。


いや

無理

ごめん

怖い

そもそもなんでひじき


ちなみにひじきの旬は3月〜4月らしい。
2月まででこの具合だ、旬を迎えたらどんな悪夢を見るのだろうか…先が思いやられるばかりである。

まぁ、やいのやいの言ってないで排水溝直してもらえって話だ。どうせなら、新しい季節が来る前にすっきりしておきたい。


春はすぐそこですね。早いわー。










先日渋谷の街を歩いていたら、ある看板が目に入った。

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「奪い愛、冬」

「奪い愛」といういかにも熱苦しくドロッドロした文字面の横に、「冬」というどこか冷め切った印象のある文字が並んだときの、この一筋縄では行かない感。なんて絶妙なタイトルなんだ! と、私はしばらくこの看板を見つめていたのだった。

そしてふと、「奪い愛」のあとに続く文字が、「冬」以外だとどうなんだろうと考えた。



①「奪い愛、春」

うーん、なんだかあまりにも統率が取れてなさすぎる。

春は出会いの季節である。
どちらかというと、恋愛的には奪い合うよりも様子見をしている時期、もしくは何かが芽生え始める時期なはずである。それに、「春」には「恋」という文字の方が合う。それならいっそ、「ばっち恋、春」とかの方が良い。(超ダセェ


②「奪い愛、夏」

いかん、胸焼けする。

夏はもう、無条件にチャラい。
これだと、灼熱の太陽の下で、汗の滴る小麦肌の男女がマグマのような酒池肉林の愛憎劇を繰り広げる香りしかしない。続きはペイチャンネルでどうぞ。


③「奪い愛、秋」

おっ、悪くない。

秋という季節は、過ごしやすく、落ち着いた印象がある。
普段は大人しい男女が、山が燃えるような紅葉の如く、真っ赤な愛を奪い合う…そんなストーリーだろうか。しかし、ちと哀愁がありすぎる。また、次に来る季節が冬なのも相まって、結末は切ない別れだろう…となんとなく想像出来てしまう。

やはりこうして並べてみても、「奪い愛、冬」このタイトルの秀逸さには敵わないのである。季節というのはわかりやすいイメージがあるからこそ、どの言葉とも相性が良いとは限らないのだ。

では、どの季節と合わせても相性が良い言葉とはなんだろうか。私は考えた。そして見つけてしまった。


それは



「食べ放題」



①「食べ放題、春」

春野菜ですかね。

②「食べ放題、夏」

ビール片手にバーベキューでしょう。

③「食べ放題、秋」

食欲の秋、さんまにきのこになんでもあります。

④「食べ放題、冬」

寒鱈、寒ブリ、冬野菜、熱々お鍋でどうでしょう。


…なんて素晴らしい言葉なんだ、食べ放題。
もはや、「奪い愛、食べ放題」でも良いんじゃないか。そこはかとない大家族感。視聴率もバッチリでしょうね。




…いかん!


こんなブログを書いていたら、今日は昼ごはんを食べ過ぎたので、夜ごはんは抜こうと思っていたのに、食べたくなってきてしまった。


しかし我慢だ!

今朝鏡を見て、そのレゴブロックの人形のような体型に絶望したばかりではないか!生まれ変わったら石田ゆり子さんになりたいと切に願ったばかりではないか!!


嗚呼…

でも…




「めちゃ食べたい、肉」









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