それは二週間前に始まった。
毎日掃除をしているにも関わらず、風呂の排水溝が詰まって、水はけが途端に悪くなったのである。

パイプユニッシュをしたり、髪の毛が落ちないように工夫をしたり、いろんな事をやったのだがてんで効果がなく、原因不明故の煮え切らなさに、私は毎日イライラしていた。

業者さんになんとかお願いしようかとも思ったのだが、最近バタバタしていて、日中まとまった時間家にいられる日がまるで無い。まあ、落ち着いた時にゆっくり直してもらおう、と最初は思っていたのだが、いよいよ耐えられなくなってきた。

毎晩、ひじきの夢を見るのである。

夢の中で、私は風呂の排水溝を掃除している。
排水パイプの奥まで届くような、先っぽにたわしのついたものでゴシゴシやっていると、急にゴポゴポと音がする。そして、たわしを引っこ抜くと、大量のひじきが排水溝から溢れ出てくるのである。

こいつがなんとも気持ちが悪い。

ただのひじきならまだしも、私の夢に出てくるひじきは、砂鉄のような動きをするのである。風呂場の床や、私の肌に、ピッタリとこびりついて離れない。はらってもはらっても、なかなか落ちてくれない。そうしてひじきと格闘していると、なぜかひじきはそこらじゅうに根を張り始めて、色鮮やかな花をつけるのである。しかしこれがまたなんとも薄気味悪い。何せ茎から葉っぱから全部真っ黒いひじきの集合体なのである。鮮やかな花とのコントラストは、最強に悪趣味である。

そんなこんなで、毎晩毎晩ひじきの夢を見てはうなされていた私だったのだが、ここ一週間ほどはキャンペーンで様々な地方に出かけてホテルにずっと泊まっていたため、ひじきを忘れることができた。ホテルの風呂は水はけが良い。同じユニットバスでも、こんなに快適だとは。その期間中は夢にひじきは出てこず、ケンドーコバヤシさんが出てきた。(にけつッの見すぎ)

そんな中一昨日は、関西でのキャンペーンが終わり、ラジオ収録のため一日だけ東京の家に戻る日であった。つまり、再びあの風呂を使用せねばならないということである。

風呂のことを考えると、背筋がゾワッとした。なんとなく、今夜いよいよ、現実世界でもひじきが排水溝から出てくるんじゃないかという気がして、途端に家に帰りたくなくなった。

もしかしたらそこにはひじきが、溢れる大量のひじきが、星の数ほどのひじきが、私を、私の部屋を…いやぁああああああ!!

ということで、その日は外でちょっと飲んで、ひじきのことを考えずに気持ちよく「無」の状態で風呂に入れるようになるまでは帰らずにいようと決めた。

たまたま、中学からの同級生の友人と連絡が取れた。その友人とはいつも渋谷で会うことが多いのだが、その日はなぜか恵比寿に集合となった。そして、いつもあまり和食は食べないのだが、その日はどこに入ろうか迷ってウロウロしているうちに行き止まりに着いてしまい、その行き止まりにあった和食居酒屋に入ることになった。

私は生ビールを、友人は車だったのでジンジャエールを注文した。ちばあきお先生のプレイボールの続編が始まるらしいとか、何にせよ紺色は良いとか、いつも通り他愛もない話をしていた。

しばらくすると、店員さんがやってきた。

「こちらお先にお通しになります。」

私は絶句した。

そう、御察しの通り、ひじきだったのである。

私は思わず「うわっ」と声に出してしまった。
普段まったく好き嫌いのない私がそんな反応をしたので、友人も「えっ」と言った。

私はすべてを話した。最近なぜか排水溝が詰まって、ひじきの夢を見ること、気持ち悪くて眠りが浅いこと。

友人は、「あぁ、じゃあひじき無理して食べなくて良いよ」と言ってくれたのだが、なぜか私は「いや、食べる」と答えた。

脳内では排水溝の臭いが漂っていた。ひじきを口に入れたら、排水溝の味(知らないけど)がする気がした。でも、ここで食べなかったら、ずっと好きだったひじきを嫌いになったと決めつけるも同然である。そんなむやみやたらに嫌ってはいけない。だから、私はひじきを食べた。

すると、なんてことない、ちゃんといつものよく知っているひじきの味がした。しかし、一口食べただけで、なんかもういいや…となってしまった。

そんなこんなで、ひじきをそれ以上食べることはなかったが、あれこれと話しているうちに、22時半くらいになっていた。翌日は朝の6時半には家を出なければならなかったため、その日は早めに切り上げることにした。

帰り道、一人でトボトボと歩いて帰る途中、私はコンビニに寄った。明日の朝ごはんを買おう、と思ってサラダの棚を見ていると、黒々としたものがいやに目についた。

ひじきである。

わたしは再び、「うわっ」と思わず声を出してしまった。店員さんが疲れた目で私を見ていた。恥ずかしくなって、結局何も買わずにコンビニを出た。

もう一軒コンビニに行った。サラダの棚に行くとあいつがいる。ならば、明日はスープパスタにしようではないか。私はスープパスタの棚に向かった。

すると、綺麗なお姉さんが、同じ棚のところへやってきた。スープパスタを手にとり、お姉さんはカゴに入れた。なんとなくそのカゴの中を見た私は、思わず目を疑った。

また、ひじきである。

私はまた「うわっ」と言いかけたが、なんとかこらえようと思い、「ゔゔ」っという変な声を出してしまった。お姉さんは気づいていなかった。…と思う。

そんなこんなで妙な恐怖心を抱きながら、家に着いた。私は荷物を置くなり、しばらくひじきのことを考えていた。

お弁当に入っていたひじき、炊き込み御飯に入っていたひじき、お稲荷さんのご飯に入っていたひじき。輝かしいひじきとの思い出が、走馬灯のように通り過ぎて行った。途端に、なんだか悲しくなってきた。

ひじきに罪はない。食べようと思ったら今でも全然食べられる。でも、でもね。多分もうあの頃の私たちには、戻れない。ごめんねひじき、ごめんね。

そんなことを考えながら、気づけば私はうたた寝をしてしまっていた。そしてまた、ひじきの夢を見たのである。
 
排水溝から溢れる大量のひじき。 

床に、肌に、張り付くひじき。

ついにはものすごいスピードで、私の住むマンション全体を覆ったひじき。


いや

無理

ごめん

怖い

そもそもなんでひじき


ちなみにひじきの旬は3月〜4月らしい。
2月まででこの具合だ、旬を迎えたらどんな悪夢を見るのだろうか…先が思いやられるばかりである。

まぁ、やいのやいの言ってないで排水溝直してもらえって話だ。どうせなら、新しい季節が来る前にすっきりしておきたい。


春はすぐそこですね。早いわー。










先日渋谷の街を歩いていたら、ある看板が目に入った。

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「奪い愛、冬」

「奪い愛」といういかにも熱苦しくドロッドロした文字面の横に、「冬」というどこか冷め切った印象のある文字が並んだときの、この一筋縄では行かない感。なんて絶妙なタイトルなんだ! と、私はしばらくこの看板を見つめていたのだった。

そしてふと、「奪い愛」のあとに続く文字が、「冬」以外だとどうなんだろうと考えた。



①「奪い愛、春」

うーん、なんだかあまりにも統率が取れてなさすぎる。

春は出会いの季節である。
どちらかというと、恋愛的には奪い合うよりも様子見をしている時期、もしくは何かが芽生え始める時期なはずである。それに、「春」には「恋」という文字の方が合う。それならいっそ、「ばっち恋、春」とかの方が良い。(超ダセェ


②「奪い愛、夏」

いかん、胸焼けする。

夏はもう、無条件にチャラい。
これだと、灼熱の太陽の下で、汗の滴る小麦肌の男女がマグマのような酒池肉林の愛憎劇を繰り広げる香りしかしない。続きはペイチャンネルでどうぞ。


③「奪い愛、秋」

おっ、悪くない。

秋という季節は、過ごしやすく、落ち着いた印象がある。
普段は大人しい男女が、山が燃えるような紅葉の如く、真っ赤な愛を奪い合う…そんなストーリーだろうか。しかし、ちと哀愁がありすぎる。また、次に来る季節が冬なのも相まって、結末は切ない別れだろう…となんとなく想像出来てしまう。

やはりこうして並べてみても、「奪い愛、冬」このタイトルの秀逸さには敵わないのである。季節というのはわかりやすいイメージがあるからこそ、どの言葉とも相性が良いとは限らないのだ。

では、どの季節と合わせても相性が良い言葉とはなんだろうか。私は考えた。そして見つけてしまった。


それは



「食べ放題」



①「食べ放題、春」

春野菜ですかね。

②「食べ放題、夏」

ビール片手にバーベキューでしょう。

③「食べ放題、秋」

食欲の秋、さんまにきのこになんでもあります。

④「食べ放題、冬」

寒鱈、寒ブリ、冬野菜、熱々お鍋でどうでしょう。


…なんて素晴らしい言葉なんだ、食べ放題。
もはや、「奪い愛、食べ放題」でも良いんじゃないか。そこはかとない大家族感。視聴率もバッチリでしょうね。




…いかん!


こんなブログを書いていたら、今日は昼ごはんを食べ過ぎたので、夜ごはんは抜こうと思っていたのに、食べたくなってきてしまった。


しかし我慢だ!

今朝鏡を見て、そのレゴブロックの人形のような体型に絶望したばかりではないか!生まれ変わったら石田ゆり子さんになりたいと切に願ったばかりではないか!!


嗚呼…

でも…




「めちゃ食べたい、肉」









ゲームを全クリ(全部クリア、完全制覇)したことがないのである。

いわゆるRPGと言われる類のものは、決まって途中で飽きてしまう。

はじめてやったゲームはポケモン(ゲームボーイ版)だった。
たしかに楽しかったのだが、いわゆる形式上のゲームクリアで満足してしまった。裏技でミュウをゲットするとか、ポケモン図鑑をコンプリートするとか、そういうのは友達に見せてもらえればそれで良かった。

次にやったのは、シルバニアファミリーのゲーム(ゲームボーイカラー版)だった。
ただのゲームボーイは白黒画面だったが、その次に発売されたゲームボーイカラーは、その名の通りゲーム画面がカラーに進化したものだった。カラーならば白黒よりも鮮やかで飽きにくいだろうし、何しろ大好きなシルバニアファミリーのゲームである。私は胸を躍らせた。

しかしこのゲームの内容というのが、「シルバニア村がある日突然色を失って、白黒の世界になってしまった」ところからはじまるのである。


いや、


…カラーの意味。


村中のお花に色をつけて行くことで少しずつ画面にも色がついて行くのだが、じれったくて途中でやめてしまった。そんな私が花と言う名前なのだから皮肉なものである。

次にやったのは中学生くらいの頃、テイルズシリーズの何かだった。これは結構夢中になってやった。
しかし、何しろラスボスが強かった。本来であれば、どこかでレベル上げをしてから臨まなければならないのだが、そこに楽しさを見出せなかった私は、実力的には到底かなわないラスボスを相手に、

「とにかく逃げながら一本ずつ弓矢を打ち込んで少しずつ攻撃を与える」

「あり金全部でポーションを爆買い」

というスポーツマンシップとは真逆の方法をとった。ちなみにこの弓矢が当たったところで、相手のHPはマジで2ミリくらいずつしか減らなかった。それでも、約3時間もの時間をかけて、一応倒すことには成功した。まさに逃げるは恥だが役に立つ、である。 

しかしラスボスを倒したとは言っても、未開拓のはたくさんあったし、キャラクターも全然出せていなかった。数種類あるエンディングも、一つだけしか出さずに終わった。他のはネットで適当に見れば良い…と思いながら、結局それさえもせぬまま、そのソフトはブックオフ行きとなった。

そもそも私はRPG向きの性格ではない。全クリしたいという思いよりも、めんどくさい」という思いの方が、どこかで上回ってしまうのである。そしてそいつが現れたらもう、最後なのである。

人生がゲームなのだとしたら、間違いなく私にとってのラスボスは、この「めんどくさい」なのだと思う。しかもこいつは厄介なことに、小まめにコツコツ戦っていないと、どんどんデカく強くなって行く性質がある。まずは今やれることからやって行かないと、あとあと大変なことになる。

そんなわけで、今日はこれからとりあえず、3駅ぶん歩いてみようと思う。途中で「これが私のポーション」などと言い訳して、ファミチキを買わないように気をつけよう。

頑張れ私、負けるな私。敵は強いぞ。









 




















 聞かれると困る質問がいくつかある。

厳密に言うとたくさんあるのだが、聞かれる頻度と、きちんと答えを持っていなければならないであろう度合いで言うと、

「あなたにとって音楽とは何ですか」

これになる。

都度都度それっぽいことを答えてきたのかもしれないが、納得して答えられた試しがない。最近ではあまりにもわからなすぎて、参考にと、テレビチャンピオンで優勝者が最後に何と言っていたかを検索したりする始末である。  


「人生です」
「自分そのものです」
「ずっとそばにあるものです」


美しい答えはたくさんある。そしてその全てに、なんとなく頷ける部分もある。しかし、なんかこう、なんかもっとこう、あるんじゃないかとずっと思ってきた。

そんな中、ようやく「おっ、これは」と思える答えを見つけた。



「うんこ」である。



食事中の方がいたら申し訳ない。こんなこと言う女嫌だなと思う方には合わせる顔もない。親も泣いているかもしれない。でも、割と本気で、大真面目にそう思ったのだ。

たくさん食べたらたくさん出るように、たくさんの経験や吸収をしたら、良い曲がたくさんできる。かと思えば、急にまったく出てこなくなる時もある。それでもなんとか出すために、あれこれ試して必死であがいたりする。そして良いものを出せた時には、自分に後光が差しているかのような晴れやかな気持ちになったりもする。その瞬間を知っているから、なんとか頑張れる。それは日常の中に当然にあって、毎日繰り返して行く。そういうものなのだ。うん、これは我ながら良い答えだと思う。

しかし、割とかっこよく答えなければならないであろうこの質問に、キリリとした顔で「うんこです」と答える勇気があるのか、それが問題である。


シーンで言うと、「プロフェッショナル」のラストで、スガシカオさんの曲が流れるところである。想像してみて欲しい。


テロップ:「関取花にとって音楽とは?」



関取:「…うんこです」 


(♪ ジャラララ〜ン…ぼくらは位置について〜…♪)



逆にありか、いや、なしなのか。正直自分でもよくわからない。


しかし、いつか堂々と胸を張ってそう答えられる日が来たなら、それは素晴らしいことだと思う。正確に言うと、大真面目に「うんこです」と答えても、「何こいつ…」とならないような人になれたのならば。


寒い日が続きますね。
みなさんもお腹、冷やさないようにね。








2016年、良い一年でした。

たくさんの人に助けられたり、学ばせてもらったりの連続でした。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

2017年は、少しずつでも、そういった周りの人に恩返しをして行きたいです。

なんかつまんない言葉しか出てこないもんだね、でもまとめるとこんな感じになっちゃうもんだね。

今年もお世話になりました。
来年もよろしくお願い致します。

皆様、良いお年を!




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