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引っ越した。

そして、むすめは学校へゆく。

子どもが小学校に行くと、親がよくやってしまうのが「質問攻め」だという。「学校どうだった?」「給食何食べた?」「お友だちの名前覚えた?」「授業なにしたの?」「あいうえおやった?」「先生やさしい?」


ある講演会でその話を聞いたときは「そんな質問することあるかね?」と思ってしっくりこなかった。でも、今はなんとなくわかる。

親は、不安なのだ。

保育園や幼稚園のときは、中の様子がうかがい知れた。お友だちの顔も先生の顔も親の顔だって見れた。でも学校は、手が離れる。中の様子が、わからない。新しい環境への不安を、子どもへの質問で解消しにかかる。

でも、本人にとって質問されるのはしんどいこともある。今日あったことを自分の文脈で語るのではなく、親の興味に応じて(本人にとって)分断した形で今日あったことを想起するのは、なかなかにハードだ。

それが新しい環境なら、なおさら。目まぐるしいほどに新しい環境の刺激を全身で受けているから。


先の講演会で、
「子どもに話を聞くのではなく、
子どもの話を聞いてください」
と言われた。

今ならその意味がよくわかる。

私が、彼女にできることは、
彼女の話を聞くことだ。

彼女の文脈で、彼女の頭にふと想起された言葉をそのまま聞くことだ。言葉にならずに興奮していれば、その興奮を受け取ることだ。言葉にならずに家でダラダラしていたら、ダラダラさせとくことだ。そしていつもの時間にいつもどおりご飯が出てきて、いつもどおり寝ることだ。

自分の不安は、夫や先生や親仲間や同僚に伝えよう。

そんなことを思った。





…なんか常々おもうのは、この時期の親って本当にやること少ないな  と思う。環境を整えて待っていればいいのだ。

だけど、この時期の親って自分のやることを少なくするのが大切なんだな、と思う。引き算。引き算。引き算。これ、いらないかも。これ、自分の常識に囚われてたかも。これ、自己満足かも。引き算。


その引き算の毎日は、割と楽しい。