月別アーカイブ / 2017年05月

「完璧主義」という言葉がある。
これの対義語が、「達成主義」だという話。

「完璧主義という体質がクオリティを下げる一因だ!」と言われるようになって久しい。


僕自身の身に置き換えても「完ぺきにしなきゃいけない!」という意識のとき、良い結果が出たケースは少なかった。
あれもこれもそうだった。結構、完璧主義の病にかかりがちな人間なのだ。


完ぺきを目指すと、口だけ野郎になって、行動の量が減ったりする。そして物事の見方が否定的になる。
Noをベースとして考えていくので、当たり障りのないところに落ち着きがちだ。冒険ができなくなる。オマケにまわりの落ち度が気になりだす。


執着や過干渉や偏愛と「完璧主義」は心理的によく似ている。「絶対に失敗は許されない」という心理ともソックリだ。

そんなとき、大体コケてきた。


世の中、完ぺきにいかないことが常だし、そもそも完ぺきにいったからといって大したことでもない。

言葉にするとわかるけど、「完ぺきなこと」って意外と価値が無いのだ。


それよりも「とにかくやる」のエネルギーの方がデカイし、何かが回りだす。結果として「完ぺき」に完璧主義よりも近づいていく。

最善を選び取るためにウンウン悩むよりも、最低限でOKして、ひたすら動いている方が良いというやつだ。

「案ずるより産むが易し」という言葉は、昔からあるけど本質が集約されている。

ドラクエで学んだはずだ。戦わなければ会心の一撃は出ない。

「前回よりも良くしなきゃ」や「ミスを減らす」は良いものとされているけど、バランスを失うと結果、すべてを失くす。

とにかく手と足を動かしていきたい。振り回したい。

LhkhU6cnIV.large.JPG

「人生は」を「自分は」に言い換えてみると、少し物事が小さく見えて楽になるよな!の話をしていた。


「人生はいつも苦しい」

「人生はいつもつまらない」

「人生はいつも間に合わない」


全部の主語を「自分は」にしてしまうと楽になる。気のせいかもしれないが、物事の次元が低くなる。絶望感が身近になる。自分でどうにかできる範囲の問題に成り下がる。



災害や戦争やテロ。
どうしようもない問題を「人生は!」とは言わないなぁと思う。言うひともいるかな。

だけど僕たちが「人生は!」と言って、頭を抱える問題は、そんな大きくはないことだったりする。

苦しいことや、つまらないこと、間に合わなかったことは、意外と自分でねじ曲げられる。

問題には「仕方ないこと」と「仕方あること」がある。俯瞰するよりも体感する方が見える、なんてケースが山ほどある。

前向きか後ろ向きか分からないけど、進めるならいいと思う。どちらにせよ時間軸の中で後退することはできないわけだし、ムーンウォークのまま進んでいくのもアリだ。


_var_mobile_Media_DCIM_100APPLE_IMG_0456.PNG

京都でライブだった。
呼んでくれて、観てくれてありがとう。


去年、人知れずやっていたことがある。

「今年いっぱい頑張ってみる」というやつだ。

2016年は12月31日で、自分にいったんピリオドを打つつもりで暮らしていた。具体的に首を吊るとか失踪するとか、そういうネガティブな内容ではない。
自分を鼓舞するために区切りを用いただけだ。


5月も終盤にさしかかり、ようやく今年の僕もそう思えだした。

ここまでの2017年。
思おう思おうとしても、中々思い込めなかった。どこか執着が手放せない日が少なくなかった。
僕はいつも、残り半分ぐらいにならないと調子が出ない。

「今年いっぱい頑張ろう」って「終了の意識」を強くするとも言い換えられる。

そうすると、いろいろと調子が良くなる。
苦痛にも耐えられるし、嬉しいことはもっと希少に感じる。


《2018年、夏。》


みたいな予定や意識を組んじゃうと、その日付けに押し潰されそうになる。昔からだ。
未来が刻印された文字は見るだけでつらくなる。映画の予告とかキツイ。

僕は嫌なバイト先に勤めているとき、いつも「今月いっぱい頑張ってみる」と思って、働いていた。定期は絶対に買わなかった。

「それ交通費損じゃん!」とよく言われていた。

分かる。
分かるが、僕にとっては先々の日付けを目に入れないことの方が大事だった。

交通費の損失分の臨場感を買い取っていた。 

_var_mobile_Media_DCIM_100APPLE_IMG_0455.JPG

これまで僕は、いろいろなやり方で世の中と折り合いをつけてきた。

あなただってそうだろう。オリジナルの方法を持っているのではないだろうか。


嫌なことを許しつつ、不満を諦めながら、大切なことを喜ぶための処世術を編み出して、ひとは生きていく。

僕のやり方は「おしまいを意識する」だっただけだ。


緊張感と臨場感を高めて、感受性を過敏にするためのサバイバル術だ。

自分と世界の折り合いがつかないときがある。

大体が世の中や人間に期待しすぎている。過度な期待は毒になる。求めすぎというやつだ。

「もうすぐ終わる!」と考えると、それを手放しやすい。期待している場合じゃないからだ。


自分のために生まれてきた人間なんて、この世に一人もいない。自分のために生まれてきた人間は自分だけだ。

だからこそ、差し伸べられた手は当たり前じゃない。関わっているだけで、ラッキーで偶然で奇跡で運命だ。


e7PFbhBfGM.large.JPG

↑このページのトップへ