月別アーカイブ / 2016年12月

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⚫︎「弱さ」のほうが「強さ」より深くて、「欠如」のほうが「充足」より推進力があるということ。


⚫︎作りたい歌の主人公の環境の中には、必ず何らかの『欠落』があるということ。
主人公はその埋め合わせをするために、行動を開始せざるを得ないということ。
曲中の『貫通行動』は欠落環境に対する主人公の「補償行為」にあたり、これが無いと、曲に生命力が宿らないということ。


⚫︎主人公にとって残酷な環境の方が、歌詞は面白くなるということ。


⚫︎動詞の使い方に関心を持つと字数がカットできるケースがあるということ。
動詞には単なる動詞でなく、形容の要素を含んでいるものが多いということ。
たとえば「撫でる」は「表面をてのひらでやさしくさする」の意味であり、「優しく撫でる」と書く必要が無いということ。もちろん、別に書いてもいいということ。


⚫︎「何から手をつけたら良いのかわからない状態」とは「なんでも良いから手をつけた方が良い状態」ということ。始めるには「力」が必要だけど、始めたものを走らせるには「技」が必要だということ。


⚫︎「演劇のアイデアで『そりゃあできたら凄いけど、本当にそんなこと可能なのだろうか』ということが出てきたら、ほぼ可能なことなのです。できる方法を徹底的に考えて、苦労して作って、必死に練習して、涼しい顔で上演するんです」と賢太郎さんが言っていたことは、どうやらマジらしいこと。


⚫︎『書きたいもの』と『書きたいこと』は全然違うということ。『書きたいもの』としてだけで書くと、つまらないものにしかならないこと。


⚫︎『他との違い』とは『やり方が違う』ということではなくて『感動の種類』が他に無いものであるということ。
既存の何かとやり方が重複していることを悔いるのは違うということ。
やり方を重複させても違う地点に着地させられること。


⚫︎ドレミファソラシドと順番に弾いてもメロディにはならないのと同じで、歌詞も順序良く繋いでいくだけでは輝かないということ。


⚫︎簡潔さを求めると曖昧になり、洗練さを心がけると、力強さと気迫が失われるということ。そして、荘重さを表に掲げると、誇張におちいるということ。
技術を欠いているときは、あやまちを避けようとするということ。あやまちを意識すると、かえって過失につながるということ。

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⚫︎曲名やタイトルは最後のフレーズの次に、小声で歌われるようなものであること。


⚫︎受け手が能動的になる余白を残しているものが好きであること。
「わかりやすい」という形容詞は、決して全部説明していたり、内容が浅いことでは無いということ。


⚫︎まだ悩む段階、タイミングではないのに悩むとミスが多くなり、スピードも落ちるということ。


⚫︎「決断」というのは自分の目の前にまっさらな未来が開けているということではなくて、むしろ、過去のクソ同然の自分のふるまいを精算に向かわせるということ。


⚫︎努力、情熱、届けようとする気持ち、などの量について「それらが足りないからダメ」という批判は、大抵違うものが批判されているということ。
『ひたむきさ』や『一生懸命さ』が欠けているという批判や指摘のやり方は手を出しやすいということ。
実際はもっと具体的なところに問題があることばかりだということ。


⚫︎愛情が無いことは悪いことでもなんでもないということ。
ただ、そのコンテンツにおいて、その人が適任じゃないというだけであること。別の愛情が注げることをやればいいだけのこと。愛情が芽生えたときに、また取り掛かればいいこと。


⚫︎『共感」よりも『脅威』を目指して進まないとうまくいかないということ。
『共感』や『親しみやすさ』は背景や内装の一部に自然発生するだけで、あえて目指すものでもないということ。
 
 
⚫︎『ドラマ』と『ストーリー』の違いは葛藤の有無、占有率だということ。
ドラマを歌って、ドラマチックに包んで、ドラマチックに届けると、ソースをかけまくったコロッケのように、ソースの味しかしなくなるということ。バランスがいるということ。


⚫︎「こっちへ進めたい」という、曲自身が持っているエネルギーに導かれないとつまらないということ。
作家の思いどおりに進めている部分が見えすいた仕上りは、ウザくて気色悪いということ。


⚫︎人を殴ったり傷つけたりしてはいけないということ。仮に自分がどれだけ正しくても、攻撃してはいけないということ。

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⚫︎独りぼっちの夜を奮い立たすのは自分自身しかいないということ。


⚫︎今続けていることの理由が「辞められないから」だとマズイということ。
「いつでも辞めれる。いつでも別れられる。でも続ける、一緒にいる。好きだから」の方がいいということ。


⚫︎「白紙に戻ってほしい」と感じるものは消した方がいいということ。
以前からの習慣や、なんとなく続いているもの、一度滑り出した慣性に流されてしまっているものを止めるのは勇気もいるけど、引き下がれないことなんて無いということ。


⚫︎常識や前例、先入観がいろんなことを不可能にしているということ。 


⚫︎「ブランディング」は「実際の姿よりも大きく見せる」のではなくて「実際の姿をちゃんと正しく見せる」ものだということ。


⚫︎人間関係の問題の9割は話さないことだということ。
話してからムダかムダじゃないか決めればいいということ。
話す前から「たぶん聞いてくれないからムダ」で決める人がわりと多いということ。


⚫︎自分を正当化してるときは良くない状態だということ。
人に対して敵対的で、愛情はゼロになりかけているということ。
立場は正しくても、心のあり方は正しくないということ。
「俺は悪くない」を捨てると身体まで軽くなるということ。


⚫︎爆笑したり、良かったことを思い出したり、糖分を摂ったりして、直前に幸福感を感じると人間はハイパフォーマンスを出せるということ。
幸福感を直前に感じた人間と、感じなかった人間を競争させると、前者は2倍のスピードで意思決定でき、判断ミスは半分以下になったというデータは真実だということ。


⚫︎夜寝る時の心理状態は朝起きた時の心理状態と同じだということ。
気分良く寝ると気分良く起きれて、次の日気分良く過ごせるらしいから気分良く寝ると良いということ。


⚫︎「自信を持つ」は「自分を舐めないで」と言い換えられるということ。
自分が信じられなくても、舐めたりバカにしちゃいけないんだということ。
ダイエットや禁酒、禁煙は自分を舐めたときに崩れ落ちるのかもしれないが、そう考えると、僕は意外と自分を舐めていないということ。
 
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⚫︎何が好きかは大切だけど「何で好きか」を知ることは、もっと大切だということ。
「何が好きか」だけを揃えても、それの偽物しか作れないということ。
逆に「何で好きか」は自分の中に答えがあることなので、そこにオリジナルを生むためのヒントがあるということ。


⚫︎数字はモチベーションになり得ても、目的にはならないということ。


⚫︎自分のやりたいようにやると、仲良くなれそうだった人がもっと仲良くなるということ。
反面、ごまかして繋いでいた人と、繋がれなくなってくるということ。


⚫︎恥を捨てるって勇気がいるけど、本人的にはドキドキだったり気にしまくってることが、誰かからすると、「それ待ってました!」ということだったりするということ。
『今年気づいたこと』なんて書くのは正直恥ずかしいし、種明かしになる。でも、この記事を楽しんでいる人もいるのだろうということ。


⚫︎「自分だけにしかできない事!」で仕事を探すと難しいということ。
「他の人は耐えられないだろうけど自分なら苦じゃないなぁ」とかで充分。「向いてる仕事」なんてそんなもんでいいということ。
「自分特有の長所」は他にやっている人が大勢いても長所だということ。


⚫︎新しいことを始める時は不安と批判と中止する理由が殺到するということ。
だから 「とてつもないことが始まろうとしている」と思って新しいことを始めないといけないということ。


⚫︎「良いバンド」の定義が定まったこと。
曲が良い、歌や演奏が上手い、仲が良い。色々あるけど、「こうありたい、こうやりたいと考えてる事と実際のあり方、やっていることの誤差が少ないバンド」が一番だということ。


⚫︎目標が高いほど努力と結果にはタイムラグがあるということ。


⚫︎強い人は優しいということ。
そういう人に支えられているということ。
困ったことを打ち明けられる人がいるといないじゃ、復活までのスピードが全然違うということ。


⚫︎「活かせる情報」と「活かせない情報」があるけど、「活かせない情報」の方が多いということ。
吸収する努力とおなじぐらい、余計な情報が入ってこないようにする努力がいるということ。
インターネットを生活に取り入れる難しさの真髄は「削り」にあるということ。


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⚫︎自分と原因はいくらでも変えられるけど、他人と結果は変えられないということ。
変えられないことで頭を抱えている時間はムダだということ。


⚫︎問題なんて自分が跳ねのけようとした時点で、半分ぐらいは跳ねのけたに近いということ。


⚫︎やりたいことをやるために、やらなきゃいけないやりたくないことで駆けずりまわる日もあるということ。
やりたいことをやるのは代償がいるということ。
人生使って仕掛ければ傷ついたり笑われたり痛めたりするということ。
でも無事でいることに価値なんて何も無いということ。


⚫︎進路に迷ったら一番勇気のいる道が進むべき道だということ。
二度と現状に戻れない方を選んでいかないといけないということ。


⚫︎差し迫ると、人生も勇気のいる道に突撃するか、棒に振るかのどちらかしか無いということ。


⚫︎自らの思考を口にして外気に触れさせて、他者の耳に通すと、意味合いが変わるということ。


⚫︎終末トランスは年末に更新しないといけないということ。
次のおしまいに向かって走らないといけないということ。
おしまいについて書くのは、おしまい直前と決めているから誰にも言えないということ。


⚫︎古きを訪ねて新しきを知るということ。
以前から知っている人でも、様々な新しい、知らない魅力があるということ。
その人がレベルアップして、新たな魅力を携えたのはもちろんだが、その魅力を受け取れるかどうかも自分の力量次第だということ。
ヘタクソが1億円のヴァイオリンを弾いても、良さが分からないということ。
弾き手の力量あっての楽器であるのと同様、すべての事柄は受け手で決まるということ。
「毎日つまんない!」と言っているのは、その人がつまらない人間だということ。


⚫︎嫌いな人も嫌いな人なりに、大変だし苦労しているということ、好きな人はとてつもなく凄いということ。


⚫︎今年気付いたことは、反映されるのが来年であるということ。




LINE LIVEで決まった企画「今年気づいたことを報告する」でした。

いかがでしたでしょうか。 

気づきの連発の一年だったなぁと思います。

後2時間で2016年もおしまいですが、今年はここLINE BLOGにたくさん来てくれてありがとうございました。

 

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相談事に言われがちな格言がある。


『悩みを聞いてもらいたいだけ』というものである。


『具体的な問題の解決や、現状の打開が目的では無く、話を聞いてもらいたいだけなのヨ』という心理状態を、言い表したものである。


先日、髪を切ったのだが、そのとき、とある雑誌を読んだ。髪型がいっぱい載っている雑誌だ。

ああいう雑誌の「モテるために」などと書かれているコーナーが僕は大好きなのだが、そこに印象的なフレーズが書かれていた。

『女の子が相談をしてきたときに、事細かにアドバイスをしたり、否定してはいけない』

まさしく、それのことだろう。


そうかそうか、聞いてもらうだけで気が晴れるのか、おかしな話だ、くだらん!アホか!と思っていた。


しかし気がつくと今年はもっぱら、同じことをしてもらっている。くだらなくなかった、ごめんなさい。

『自分の困った悩みを打ち明け、聞いてもらうと楽になる』


これはどうやら本当らしい。
 

僕も打ち明けることで、楽になったことが今年たくさんある。


だけど、この「打ち明ける」という行為はたやすくない。


誰にでも、どんな人にでも、打ち明けられるわけではない。僕はむかしから人を区別しまくって、人によって態度を変えまくる性質がある。
自分が選んだ「この人!」という人にしか、打ち明けられないのだ。

オマケに根が臆病なせいか、なかなか人に心を開くことができないまま、ここまで人間をやってきた。

打ち明けても万が一、真剣に聞いてもらえなかったり、親身になってもらえないことが怖かった。


でも、これっておこがましい考え方だなぁとも思う。


僕の中に「自分は悩みを聞いてもらって当然だ」という、歪んだ自己評価の高さがあるから、受け入れられないことに怯えているのだ。

『自分は臆病だ』という人間は結局プライドが高いのだと思う。そのプライドを傷つけられることが、嫌で嫌でたまらないのだ。


反面、『人懐っこい』という武器を持っている人を見ると、羨ましくて仕方なかった。

誰かれかまわず相談できる人は羨ましい。
自己保身よりも、大切な何かがある人なのだろう。


僕も少しずつ、その邪魔なプライドを手放していくことにした。

とりあえず言える人に、言えることからでいいから、人に言いづらい話をするようにしてみた。いや、させてもらったのか。

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今年を総合すると、『打ち明ける』ことの破壊力を知った一年とも言えた。

うまくいったことや、良かったことの源泉は打ち明けたことから始まっていた気がする。


春過ぎにスタジオで3人に話したことがある。


「もしかしたら今までと言ってることが変わるかもしれない。誰かが着いてこれなくなるかもしれない。誰か辞めちゃうかもしれない。それでも構わないし、これからはやりたいようにやろうと思う」


というような、どこまでいってもニュアンスの域を出ない、雲をつかむような話をした。

ちょうど僕が【年末に人生を終了させる設定】を設けたばかりのときだった。

やりたいことを全部やって、やり残したことをひとつでも減らして、終了させるつもりだった。


終末設定の話は誰にも打ち明けなかったが、表面化した意思に関しては伝えた。


伝わるか自信はなかったが、伝えた。


あれから7ヶ月ほど経った。
結果として、誰も辞めていないし、全員がより屈強な人間になって、年末に着地したのではないだろうか。


終末設定により、生まれた前向きな気持ちはまわりに感染したと思っている。
そして、増幅して、より強く返してもらっているとも思っている。

そのバイブスを、全員で持ち続けたことで、より楽しく過ごせた。


もちろん、変えたことで失ったものあるし、変わったこともあるけれど、僕たちは現状を保存し続けることに価値を見出さなくなった。 



それもこれも、『打ち明けた』からだった。


言いづらいことを素直に打ち明けると、自分の心をさらけ出して、無防備になるような心細さもある。

だけど、その心細さが僕を苦しめるところに着地することは無かった。

打ち明けるだけで、何かが回り出すときがある。

打ち明けることを覚えれば、飛び降りずに済んだ。というケースもあるんじゃないかなぁ。

救ってくれた人が困ったときに、打ち明けてもらえるようになれたら嬉しいなぁと思う。

あなたも「詰んだ」と思ったときは、打ち明けてみたらどうだろうか。


あぁ本が溜まり狂ってる。どうにかしなきゃ。

 
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ビュンビュン車が通る。
少し左に足を踏み外せば一撃で死ねる。重たい足を一歩一歩踏み出す。
噴き出す汗が目に到達しそうだ。また頭の中に戻る。
 

「大切なのは結果より過程だ」という綺麗事で自分を塗りたくるつもりもない。
だけど僕は何かを目指していたかった。
夢や階段を上っていく一段一段の肌触り、それらの温度を仲間と感じながら日々を送りたかった。

そんな毎日は憧れであり、理想であり、無宗教である僕の一つの信仰だった。
 

その土台であるバンドが解散した。
手から滑り落ちた途端に、その金に代えられない価値を知った。改めて自分の馬鹿さ加減に、また涙腺が苦しくなる。 
 

ようやく国道沿いの道が終わり、脇道に入る。国道を逸れたこの道に入るといつも安心した。

人の気配は消え、奥に行けば行く程、車の疾走音はどんどん遠くなっていく。
整理すると少しだけ気持ちが楽になってきた。
もうしばらくすると見えてくるゴミ捨て場が目印だ。

そこを曲がったところが僕の住む家だった

 

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