ぼっち。一人の状態。ソロ活動。

リア充。現実世界が充実している状態。

最近は意味が歪曲してきて、友達が多い人みたいな意味になっている。

ちょっと前に書いた歌詞なんだけど、

毎日のお仕事やお付き合い、かけがえの無いお友達、輝く毎日、でもそれが全てじゃない。


というフレーズがある。

年越す前かなーぐらいの時期に書いた曲なんだけど、自分でも気に入っていて自分で録ったものをよく聴いている。
 

何故こういう歌ができたのだろう。

そのあたりで妙に僕の人付き合いが良くなった気がした。冒頭の言葉で述べるとリア充ってやつになった。

いつも誰かといた。どこかにいた。独りの時間が無くなった。


それに対して自分の中の何かが急遽警告音を鳴らした。これはヤバいぞと。

何がヤバいって誰かといると楽しいし寂しくない。

だけどその「誰かといるあいだ」だけは自分に向き合う状態が消滅してしまう。

人と遊んでばっかいると、自分が今現在どういう心持ちなのかとかを分析できなくなるのが怖かった。

そうなるとどうしても物が作れなくなる。
面白いアイディアも浮かばないし、満ち足りているからか、自分の気持ちに鈍感になってくる。

反対に「足りない」という感覚は鋭さと嗅覚が増してくる。


空腹だったりもそうかもしれない。

ボクサーが減量中は感覚が研ぎ澄まされて遠くの蛇口の水の落ちる音が聞こえると「はじめの一歩」に書いていた。

心もそれと同じだ。
足りなかったり欠けている状態じゃないと、拾えないフレーズやチャンスがたくさんある。

日本は先進国として君臨していると思う。

ますますSNSも発達し、ブロードバンドを通して、ただでさえ僕らは常々誰かと繋がった状態にある。

僕も多くの人の支えによって生かされている。

ただ反面、独りでいる時間も必要なんじゃないかと思う。

まず独りにならないと何も成せない。
少なくとも僕はそうだ。