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私が大学1年のときに天国へ行った祖母。
亡くなった日の夜、夢の中でぎゅっと抱きしめてくれて、
泣きながら、ばいばいを言い合った。
悲しかったけれど、やさしくて、どこか心強いような夢。
祖母のぬくもりと面影がすうっと消えるように目が醒めたとき、
これは夢じゃなくてきっと会いに来てくれたんだって確信があった。

そのときぶりに、そんなリアルな夢をみた。
祖母に初めて息子を会わせて、
「私の子どもだよ。男の子だよ」
と言ったら、それまでひょうひょうとしていた祖母は、涙を流して喜んでくれた。
よかったー、喜んでくれてる!
と思いながら私も泣いていて、
そのまままたすうっと過去から未来へ引き戻されるように目が醒めてしまった。
タイムマシンに乗せられるみたいな、強引なフェイドアウト感。本当に(?)あるんだなぁと思う。

夢で会えるなんて、言葉にすると薄っぺらいけど、
その夢には体温と涙がある。とても生々しく五感に迫ってくる。

命日でもないし、何か引き金があった覚えもなくて、なんのタイミングだったんだろうなぁ。

でも、祖母が生きていたらいいのになぁと思うことはよくある。
祖母からお説教のようなものをされた記憶がまったくない。そのぶん適当だったかもしれないけど。
ただなんの他意もなく気負いもせずいろんなことを報告したい。

たとえあの夢が私の頭の中だけの空想の産物だとしても、
報告できる場所、あったんだな。
それだけで、ひとつ強くなれた気持ち。

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かわいいクリームパンを買うと写真を撮りたくなる。このままシールにしたい。




なんとなく思い立って書いた、

とくに題材があるわけではなく感覚的な話


という記事に、ちょっとだけ反響があったので、

最近思っていることを続編として書こうかな。


授乳ケープをつけて飲食店などで授乳することについて、

主にネット上で意見が割れているようだ。

「なんのための授乳ケープ!?」と怒りをあらわにするママさんたちと、

「人前で授乳されるのは不快」という反対派たちの対立。


ベビーカー論争にしてもそうだけど、

「賛成派vs反対派」ファイッ!

という感じで議論を煽ること自体、

どちらか一方に決めなくちゃいけない政治的なこととか、犯罪がからむこと以外では、

私は百害あって一理なしだなと思う。


もちろん、双方に言いたいことがあって、

それを言える場があるというのは有意義なのかもしれないけれど……

その対立を可視化してしまった時点で、

「こう思う人もいるんだ……」

と必要以上に肩身が狭くなってしまう人が増える。

ただでさえネットは情報の海で、

「こう思っている人もいる」「こんなことをする人もいる」

という「可能性」の嵐に、息苦しくなることがしばしば。


ちょっと話が逸れますが、

幼稚園のときに、

「○○ちゃんがランちゃんのこと嫌いだってよ〜」

「かわいくないってよ〜」

というようなことを友達に言われることがあった。

なんでそんなこと言うんだろ?と思っていたけど、

どうやら意地悪だったらしい。

間接的に「私のことをこう悪く思っている人がいるかもしれない」

と意識してしまうことって、

不必要に自分を萎縮させるなぁと思う。


話を戻すと、個人的には私は、授乳ケープは使ってました。

外出先で赤ちゃんがぐずると本当に手がつけられないときがあるので、

そのときは授乳するのがいちばんいいんだけど、

近くに授乳室がなかったり混んでたりすると、とにかく休める場所がない。

トイレという手もあるけど、衛生面は目をつぶるとしても、長時間個室を占領するのは はばかられるし。

そういうときは、飲食店などに入ったタイミングで、授乳ケープのお世話になっていました。

ただ、一緒にいる人には、

「ごめんちょっとケープかけるから授乳していい?」

とかひと声かけるかな。

この場合の「ごめん」は、「授乳という不快な行為を見せつけてごめん」

という意味ではなく、どちらかというと、

「隠すけどちょっとおっぱい触るね」

「息子がグズって私もテンパっててごめんね」

という感じ……

たいていの人が「全然オッケー!」という反応なんだけどね。


ベビーカーにしても、

電車の中や駅のホームや、ちょっと混みぎみのところを通るときは「すみません」とか、

道を譲ってもらったりエレベーターに先に乗せたりしてもらったときに 「ありがとうございます」とか、

そういうひと言は掛けるように心がけてます。

これも、ベビーカーを使うことへの後ろめたさではなくて、

物理的に場所を取ってしまうことや、急いでいる人に比べたら動きが鈍くなっていることは事実なので、

不自由かけたらごめんなさい、ありがとう、という気持ち。

基本的には親切にしてもらうことのほうが多いんだけどね。

でも私もイライラしていたり余裕がなかったり疲れていたりするときは、あいさつも適当になってしまうので反省する。


たぶん問題の本質は授乳ケープとかベビーカーとかではなくて、

「当事者or気にしない人」と「見たくない人」のそれぞれの気持ちが、

ネットという場所があることによって丸見えになっていることだと思う。

そして、「どうしても言いたい人」がいる一方で、

声なき「その対立自体を見たくない人」もまた、傷ついていく。

ことさら授乳ケープやベビーカーは、

「女性」「母性」「性」に関わるデリケートなものだから、

攻撃する側も反論する側もヒートアップしやすいのかな、という気はする。


それぞれに自分のやり方があって、

そのやり方をしない人や、理解できない人に対しては、

「ありがとう」「迷惑だったらすみません」という気持ちを持っている、というスタンスで、

だいぶ生きやすくなると思う。

実際、命や犯罪に関わるような迷惑じゃないんだからさ……謝っても減るもんじゃないでしょ。


「私は私なんだから!!」でもなく、「不快なんですけど!!」でもなく、

そんな言葉の語尾についているイライラマークが外されるといいな。

誰しも何かしら不自由なのが当たり前のこの世界で、

ちょっとした居心地のよさを、ちっぽけなひと言が取りもってくれるといいな、

と思うのです。





1月のミッションのひとつ
「ヘアメンテナンス」
を完了しました!

3年ぶりのブリーチ。
ダメージカットのくすりを使ってもらって、
トリートメントもしてもらい、つるんつるんです。

写真、加工してなくてこの発色!
元の色を抜いたらやっぱり赤ががっつり入りました。

ちょっと赤が落ちたくらいが楽しみかな♩
いい感じの金髪になってくれるのが理想です。

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前にブリーチしたのは妊娠中。
つらいつわりの時期を抜けたばかりで、気分も弱りがちだったので、髪から明るくしていこう!ということで、赤髪に。
数ヶ月後にはかわいい感じのミルクティー色になりました。
でも、ダメージが気になったのと、乾かすのが億劫で、短めのボブにしてた。

一昨年(もう一昨年か!)6月に息子が生まれてからは、
私の髪の栄養がぜんぶ息子に吸い取られてる!という感じで、傷むし抜けるし。
ブリーチはやめて、数ヶ月に1回、カラーをキープしていました。長さも伸ばしっぱなし。

最近はだんだん卒乳が近づいてきている気がするので、
2017年の幕開けとともに、またハイトーンにしちゃおう!という気分になり、
思い切ってブリーチ再開です。

妊娠中くらいから、
「ママらしい顔になったね」
とか
「ママになったら落ち着くんだね」
と言われることがたまにあった。
それでも私は(ファッションをあまり変えてないから)そう言われることが少ないんだけど、
妊娠や出産を発表した芸能人や有名人なんかに寄せられるコメントを見ていると、そういう言葉がとても目につく。
もちろんたいていは褒め言葉として使われていると思うし、
ママのオーラが出るのはぜんぜん悪いことじゃない。やさしい雰囲気も素敵。

でも、一方で「ママに見えない!」とか「ママなのにかわいい!」とか、「なのに」が強調されるそういう言葉を肯定的に使っている人がいるのを思うと、
あーやっぱり「ママの顔」っていうのは、老けたとか太ったとか(逆にやつれたとか)所帯じみたっていうのの婉曲的表現のことが多いのかなーと思う。

いずれにせよ私は、
見かけが落ち着いたように思われるんだったらそれはほぼ「授乳」の影響……
栄養を吸い取られている顔と、授乳できるという条件をみたす服によるもの……
あと疲れ、マジで……

今年の私は、そんな「ママらしい」からも「ママなのに」からも解放される所存!!

そもそも母性をファッションで表現してもしなくても、愛は惜しみなく我が子に注がれているよ。

母性って穏やかよりも激しいものだと私は感じる。
その激しさに釣り合う、アクの強さみたいなものを、仕事にもファッションにも持っていたいと思う。

自分の好きなもの、やりたいことをはっきり持ってバランスを取って、
気持ちも前向きでいられるようなメンテナンスは、
もう大人だから自分で自分にやるしかない。
好きなファッションをしていると、そんな決意を忘れない。

田村でも金、谷でも金、ママでも金!というのは金メダルのヤワラちゃんの言葉ですが、
まさに、
独身でも金髪、妻でも金髪、ママでも金髪、
というところでしょうか!

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やっぱり自分の髪を「キレイだな〜♡」と思える色にしてると幸せなのよね。
生きてて自分の身体のどこかを「キレイだな〜♡」って惚れ惚れすることなんてまずないけども、髪だったらそれが叶うのがいい。

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産後はずっと髪のこと相談に乗ってもらってる、代官山reunirの中村さん
ありがとうございます!

「炎上」をわざと煽るようなテレビ番組が最近増えたように感じるけれど、それが私は好きじゃない。
目立つ誰かと誰かをわかりやすい対立項にして、争わせてそれを聴衆が眺めておもしろがる……みたいな仕組みそのものが、どうしても好きじゃない。
エンタメ性はあるんだろうけど、「炎上商法」ももちろん好きじゃない。
だけどそういうのをおもしろいと思ったり、そこから何かの刺激を得る人もいると思うから、好みの問題というところに尽きると思う。

思えば小学生のときから、ディベートってやつが嫌いだった。
ディベートによって鍛えられるいろんな能力があるのはわかる。
でも、何か決めなきゃいけないことがあって議論するのはいいんだけど(文化祭のための学級会議とか)、
あえて何かの議題を立てて、反対派と賛成派で分けて、さてどっちが論破するでしょう?みたいなの、
私は変なエネルギーを消費してしまって苦手。
きっといちいち感情移入しすぎるタイプなのだと思う。

SNSがここまで普及したことによって「炎上」というものが目に見えるようになって、一種の流行語か社会現象のようになっている。
みんな「炎上」を恐れているのかもしれないし、求めているのかもしれない。

でもそういえば、「あの人炎上してる」という空気、
SNSなんてなかった小学生くらいの頃から、私はすでに知っていた気もする。

ある朝登校したら、
「あ、あの子なんかやらかしたな」
と、ザワつく感覚。
よくよく状況を把握してみると、持ってきてはいけないものを持ってきたのがバレたとか、
泣かしちゃいけない子を泣かしていたとか、
タブーなワードを発言してしまっていたとか、
そんなこと。
子どもたちによる「つぶやき」や「目撃談」や「苦情」、その「拡散」。
大人たちによる「スクープ」。
そして、「謝罪会見」。
そうやって、誰かが「炎上」しているのだ。

女子校時代はもっとわかりやすかった。
彼氏とのプリクラが流出したり、
制服の着崩し方が目立ちすぎていたり、
先輩と後輩で、推しのアイドルがかぶったり。

毎日、誰かしら。
わたしたちはとっくに炎上していたのだ。

私は燃える側にも燃やす側にもまわりたくなくて、
ただ静かに自分の勉強をしたり好きなことをしていればよかった。

大人になって何か変わったのだろうか。

自分で自分をあったかく燃やして、
いい匂いに包まれて、
アロマキャンドルみたいに生きていたい。


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今年の手帳は ほぼ日手帳カズン。
A5くらいの大きさはほしいから、「カズン」を選びました。

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本体だけ買ったので、カバーは古着からリメイクしてハンドメイドしようと思っているのですが、
なかなか時間がない……。

ふと思い立って、大好きな RUBY AND YOUのショップバッグで、紙製ブックカバーをつくってみました。
簡易的なものですが……
紙が丈夫でつるつるしているので、手帳カバーにぴったり!
ただ汚れはつきやすそうだから、さらにこの上にカバーをかけたいなぁ。

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▲セリアで出会ったかわいい手帳グッズ。
クリップはすぐに開きたいページに印をつけておいたり、
使っていないページを束ねておいたりするのに使います。
ねこちゃんの、かわいい〜!

このほぼ日手帳は、
もっぱら仕事管理用&アイディアを整理する用!
中身のきれいさにはあまりこだわらず、
充実感を大事にして使っています。

そんなふうに試行錯誤をくりかえしつつ、
今のところたどりついた私の手帳術(入門編)についての記事をちょっと詳しめに、
ローリエプレス さんで書きました。

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「背伸びしないモテ」がコンセプトのメディアなので、
「モテ」「女子力アップ」という視点を入れつつ書きました!
私自身は、
仕事を楽しくいっぱいこなす!
毎日をかわいく彩ってモチベーションアップ!
アイディアをいっぱい練る!
という気持ちで手帳ライフを楽しんでいます 笑

わかりやすくまとめたつもりなので、
スマホもいいけど手帳もいいな♩と思っている方は、ぜひ読んでみてください!

先週、中高時代の美術の先生が東京に来られていたので、お茶しながら美術教育の話などをしました。

先生はコム・デ・ギャルソンとミナ・ペルホネンをこよなく愛する方で、
先生が気になっているという皆川明さんのお店に行きました。
青山スパイラルの上。

テキスタイルがパッチワークされたみたいな天井にうっとり。

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トレイには ちょうちょが!

中高のときはそんなにゆっくりお話したことなかったなぁ、
私は私で、美術の授業は好きだったけどそんなに目立つ生徒ではなかったし、
高校に入ってからは受験勉強ひとすじだったし……
でも、妄想の逃げ場、みたいな場所だったアトリエの記憶は、教室よりも穏やかな色を纏ってる。

今になってから見えてくることがたくさんあって、
こうやって10年以上経っても覚えていていただけることは嬉しいです。
というか先生は、関わった生徒みんなのことを覚えていらっしゃる。

生活の中から生まれる表現、というものを大事にしてきたという先生。

思えば中学生の頃から、自分の手を粘土でつくったり、目を大きく拡大して描いたり、土を観察してインクで描いたり、
いつも共に生きているものをあらためてじっと見つめ、じっくりと時間をかけて向き合う、という作業を教えてもらった。

ことさら芸術に限らず、
生活することそのものが、表現だということ……
それが美術教育を通して先生の伝えたいことだったのだろうな。

私は「生活」というものに、二十歳過ぎまでぜんぜん興味がなくて、
好きなものに囲まれて、仕事をしたり外の世界からどんどん刺激を受けて、絵や文章を書いていればいいと思っていた。
それが変わったのは、やっぱり24歳で子どもを持ったときだと思う。

生活こそがクリエイティブだということ。
それを感じたとき、私の永遠のテーマである「かわいい」という概念もまた、生活に根差しているものなんじゃないかと気づく。
生活と地続きの「かわいい」が、25歳からのテーマです。

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ちょうど七草粥のシーズンだったので、七草粥ランチ。やさしくしみわたる……

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透きとおるほうじ茶。

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ミナ・ペルホネンの思想に共感する先生と、ミナのアイテムを見て回るのは新鮮だった。

「生活」に根差したやさしさに満ちた空間でした。

こんど、ここの食器を買いにきたいな。かわいいコップはそんなに高くなくて、チャイに合いそうでした。

今年のテーマのひとつは、「器用」に生きること。

今までの人生、器用に生きられたためしなんてないんだけど、
最近気づいた。
器用な人は、シンプルなことをシンプルにこなせる人だ。
私は、いろんなことを複雑に考えて、遠回りをしないとなかなかこなせないタイプ。

体力や気力を使うものごとを、
私は「ヒィ〜頑張ってるぞ〜」と自分に言い聞かせながら乗り切りがちなんだけど、
「簡単〜簡単〜!やればいいだけ〜!」と言い聞かせたときのほうが、多くのことをうまくこなせている気もする。

思えば出産のときに似ている。
陣痛に耐えながら(耐えるしかないので)言われるがままに深呼吸していたら、
助産師さんが「うまいね〜!その呼吸!」なんてちょいちょい励ましてくれて、
褒められるのが大好きな私は「そう?うまいですか?」と調子に乗り、
汗だくなのにちょっと余裕と自信と希望が湧いてきたのだった。

ときどき深呼吸しながら、
どんなハードルも、「これとこれとこれをやればいいだけ。簡単!」って捉えて乗り越えていきたい2017。
もちろんそのハードルというか、やるって決めたことをやるだけでもなかなかたいへんなんだけど、逆に考えればそれを全部こなせればおおかたの問題解決ってことよね。

そういうわけで、
新年早々 心の余裕をなくしていては先が思いやられるから、
前向きに切り替えるスイッチをいくつも用意しておきたい。

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チャイは大事だ!

12月に買ったチャイ を飲み切ったので、買い足し。
このメーカーの初めて買ったけど好みかも!
スパイスの風味がちゃんとして、甘く香ばしい匂いも幸せ。
渋谷ヒカリエの地下のスーパーで買ったんですが、
近くの売り場に置いてあったスパイスココアの誘惑にも勝てなかった。
Brown Sugar 1st先生だし、これは間違いない!
甘みがココナッツシュガーでとってもヘルシー。
もったいないので、ふつうの純ココアに混ぜてカサ増しして使おうかなと思っています笑

この二種、
仕事中に暴言を吐きたくなりそうなとき飲んでいるよ笑
牛乳飲みすぎだね!
そのぶん家では甘酒にしてる。その話はまた今度……


〜チャイ with you 〜 キャラメルコーン

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事務所にあったキャラメルコーン、食べ出すと止まらない……


大晦日から三が日は、
夫の実家でのんびりさせていただきました。

毎年この時間が至福……
息子を遊ばせつつ、年内に描きたかった仕事以外の絵を描いたり、ノートをまとめたり、新しい年の計画を立てたり。
ちょっとバスに乗って郊外の街をぶらぶらしたり。
なんだかずっと昔の、とても幼い頃からこの景色を知っているような気がするんです。

ストレスなく過ごさせていただいて、感謝だなぁ……

仕事環境に距離をおきつつも、
頭の中ではアイディアを練ったり、ピンとくるものを見つけたり、ネットをつないだりはしている、
この日常と非日常の配合がちょうどいい。
思考にも すきまができて、楽しいことをいろいろ思いつく気がします。

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今年初フレンチトースト。きれいに焼けました。

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20年前からあるピザ屋さんへ。
紙製のランチョンマットが……なんてかわいいの!
三が日ということで、ウェルカムドリンクつきでした。ホットジンジャー、うれしい!
ピザとパスタがなかなかのボリュームで、デザートまでたどりつけず……スイーツメニューもおいしそうだったので、また来たいな。
郊外のお店のほうが、素敵なスイーツのラインナップが豊富だったりしない?

さて、約4日間のんびりしたので、
360日は仕事モード全開でがんばれる!
(1日は風邪などでダウンしても仕方ない、という想定)

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