今回はビジネス書『魔法のコンパス ~道なき道の歩き方~』から『問いを持つ』の後編、前回の続きです。
前回の記事はコチラ

それでは、後編です。
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まず、大切なのは、「問い」を持つことじゃないかな。

「箱根駅伝のランナーの速さはどうして伝わらないの?」や「チェホンマンVSボブサップ戦のサイズ感が伝わってこない理由は何なの?」といった「問い」。

とにもかくにも、この「問い」を持つ癖を身につけなければ、面白いことは何ひとつ始まらない。

しかし、だ。

箱根駅伝や格闘技のそれといった比較的ライトな「問い」はさておき、やっかいなことに、自分の人生を賭けるほどの「問い」……たとえば、「遠くにいる人と会話することはできないの?」というような「壮大な問い」は、自分にとって〝居心地が良い場所〟にはあまり落ちていない。

なぜ、自分がいる場所の居心地が良いかというと、以前、この場所にあった「壮大な問い」を、すでに誰かが解決してくれたからだ。

1876年にアメリカのグラハム・ベルが電話を発明しちゃったから、「遠くにいる人と会話することはできないの?」という「問い」は、もう生まれない。

つまり、人生を賭けるほどの「問い」を見つけるには、居心地の悪い場所に立つ必要がある、というか居心地の悪い場所に立った方が「問い」が見つかりやすい。

 

僕は、「やりたいことが見つからない」という相談を受けた時には必ず、「僕なら、3キロのダイエットをして、その体重を維持してみるよ」と返すようにしている。

3キロ痩せるには食生活を改めなきゃいけないし、そして痩せたまま体重を維持するには帰り道は一駅手前で降りて歩かなきゃいけないかもしれない。面倒だし、あまり居心地が良いとは言えないよね。

ただ、それによって何が変わるかというと、入ってくる情報が違ってくる。ここが大事。

スーパーで食品を手に取る時に、これまで気にしなかったカロリー表示を見る。カロリーが低いものを選んでいくうちに、買い物カゴには、やけに味気のないものばかりが積まれていって、「あぁ、肉、食いてぇなぁ。野菜よりカロリーの低い肉はないのかなぁ?」と、そこで「問い」が生まれる。

帰り道、ダイエットの為に一駅手前で降りて、家まで歩いてみる。その道すがら、まるで流行っていない英会話教室を見つけることもあるだろう。

その時に、「あの英会話教室は、なんで流行ってないのかな?」という「問い」が生まれる。「教え方かな? 立地かな? 看板のデザインかな?」といった感じで「問い」がドンドンと。

それもこれも、一駅分歩いていなければ出会わなかった「問い」だ。

ダイエットという、居心地の悪い場所に身を投じなければ、出会わなかった「問い」。

人生を賭けるほどの「問い」は、そんなところに潜んでいる。

 

だから、ときどき「生きづらい世の中だ」と嘆いている人を見ると、羨ましくて仕方がない。「何故、生きづらいのか?」「それを改善する為にはどうすればいいのか?」といった「問い」に囲まれているわけだ。天然でボーナスステージに立ってんじゃん。

「問い」には必ず「答え」が埋まっている。

「どうすれば、交通事故がなくなるんだろう?」や「雨の日が待ち遠しくなるようなアイデアは何だろう?」といった、長年、答えが出ていない「問い」にも必ず。

 

僕は、ある時、「お笑い芸人が、ひな壇に参加せずに生きて行く為にはどうすればいいだろう?」という「問い」を持ち、その「問い」に人生を賭けてみることにした。

「ああでもない、こうでもない」という試行錯誤の日々は、もちろん不安と隣合わせなんだけど、たとえ「問い」を持たずに生きていても、どのみち不安は隣に寄り添っているし、さらには次から次へと現れてくる「答え」を出す人々に嫉妬を繰り返しながら年老いていく人生になるだろうな、と思って「問い」を持つ人生を選んだ。

とにもかくにも、まず「問い」を持つ。

「問い」を持つ為に、「問い」が落ちている場所に行く。

皆がいるような整地された場所には、あまり落ちていないから、誰も踏み入れていないような足場の悪い場所に行く。まずは、その場所に行くところから。

……という話を相方の梶原君に話したところ、「問いストーリーやん」と返ってきたので、明日、解散します。16年間のご声援、ありがとうございました。


《ビジネス書『魔法のコンパス』より》