インターネットは距離や時間や面積を破壊した。当然、そこにかかっていたコストは削減される。
「お金がかかって当たり前」と思われていたことが、当たり前でなくなる場面がポコポコと出てくる。

インターネットが始まった日から"無料化の波"が来ることは運命づけられていて、避難したところで逃げ切れない。
抗えば、その分、波に飲まれる。
生き抜くには、この波を乗りこなすしか道がないのだ。

「そんなことをするとクリエイターが食いっぱくれるだろ!」というのが先方さんの言い分だ。
途中から「お金を貰って働いている人を侮辱している!」と言い分が変わったが、いずれにしても。

その時、「そんなことを言っている暇があるなら、作品の強度を高めろ」と返した。
無料化が意味するもの、それは《開けてビックリ福袋》という販売システムの崩壊だ。
中身が完全に見られるので、売れるモノと、売れないモノがパッカリと分かれてしまう。
その分かれ目は他の何者でもない『作品のクオリティー』だ。

当時は「作品を無料で出すな!!消費者の『サービスにお金を払う』という感覚が無くなるだろ!空気を読め!」という声が、無料アプリの《ツイッター》を通じて、たくさん届いた。
僕の本音は「そんなことを言ってるから食いっぱくれるんだよ」といったところ。
ただ、どれだけ説明しても、まるで理解してもらえなかった。
そんなに難しい話じゃないんだけどな。

さておき。

このたび、Amazonさんから『えんとつ町のプペル』の無料配信の話をいただいた。
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聞けば、『えんとつ町のプペル』の他にもディズニー作品ら数点が無料で配信されるそうだ。
Amazonさんからは「期間限定で」と言われたが、僕は「未来永劫、無料でいいっすよ」と返した。紙の本で回収するという覚悟だ。
僕は、僕のスタッフとその家族を守り抜くことを決めているので、絶対になんとかするし、できる自信がある。

無料公開(配信)は、厳密に言うと『無料』ではない。マネタイズのタイミングを後に残していて、その時に有利に働くように入り口(その瞬間)を無料にしているわけだ。
なので、「無料にするとクリエイターが食いっぱくれるだろ!」とい言い分は凄まじく的外れなんだけれど、御理解いただけるまでには、まだもう少し時間がかかりそう。

ただ一つ確実なことは、すべてがガラス張りになったので、
『食いっぱくれないクリエイターは、より食いっぱくれないし、食いっぱくれるクリエイターは、より食いっぱくれるようになる』
ということ。

他人に時間を使うのは辞めて、これまで以上に自分の作品と向き合うしかないのだ。
より純粋に、クオリティーの勝負をする時代がやってきたわけだ。
ファンファーレが鳴った。
面白い時代じゃないか。

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