昨日、竹内薫、堀江貴文、そして炭谷俊樹というメンバーで、大学について話した。面白かった。その中で、堀江さんが、大学は要らない、という徹した態度をとっていて、ぼくもまあ、そうなのかな、と思った。

参加者の一人が、東大理三に今年の春に入ったのだけれども、秋から休学してMITに行く、という人で、彼を司会者が「夢のような経歴」と言った瞬間に、私などはどっちらけだったんだけど、堀江はさらにひどくて、「MIT行く意味なんじゃないの」と言った。

「MITの学費いくらなの?」「700万です」「700万も出す価値、ないんじゃないの? 君は何やりたいの?」「***です。」「じゃあ、自分で勝手に文献読んで、計算して、必要だったら、どっかで実験すればいいじゃん。MITに行く意味、ないんじゃないかな。」

議論の背景はこうだ。日本の大学の国際評価が低下、ということが周知されるようになってきて、今度はハーバードやMITが、日本人の中で「ブランド」になってきた。だから、件の司会者のように、「理三からMIT」というのをドリーム経歴とか言う(考えの足りない)人もいる。意味なしではないか。

堀江が言うように、「実質」で考えたら、今は大学は国の内外を問わず、一種のvanity businessである、という側面は否めないだろう。実質何をしたいか、というよりも、授業単位をパッケージで、高価なtuitionで売る、という感じ。

ビットコインのサトシ・ナカムラによる原理論文は、いきなりネット上に出たし、別にMITとかハーバードにいる必要はない。生化学の実験とかはラボがないとできないという見方もあるけど、それも、別に大学が必須じゃないだろう。

今の時代、大学に行くとしたら、かなり自覚的に、何が得られるか、ということを考えて、しかも、大学に行ったらからと言って緩めないで、いろいろアクティヴにやっていって初めて意味があるのであって、MIT行ったら万歳、みたいなダサい田舎根性は、堀江の言うように、意味がないのだろう。

逆に言うと、誰でも、どこでも、ネットの上で最先端の情報に接することはできるし、アイデアがあればクラウドファンディングもできるし、仲間も集められる。堀江貴文は、自分が今18歳だったら大学になんか行かないと断言していたが、それは一つの見識なのだろう。極論ではあるにしても。

連続ツイート