職業柄、お子さんが不登校の親御さんから、ときどき相談を受けます。

そのようなときに強く感じるのは、「ほんとうは学校に通うべきなのに」という、世間の風圧のようなものです。それを、親御さんも感じていらっしゃる。

心は見えないから、無理なときは本当に無理なのに、「がんばれば行けるのになぜ行かないのか」と周囲が思ってしまう。そこに問題がある。 

ぼくは、はっきり言いたい。学校に行くのが無理なときは、行かなくていい。学校に行かない権利がある。

それに、学びのかたちは一つではないです。アメリカでは、家庭で学ぶホーム・スクーリングの子が約200万人、全体の約3.4%いると言われています。これからの時代は、さまざまな学びのかたちを提供していくのが、社会の務めなのではないでしょうか。 

学校に行かないと、社会性が身につかないという議論も、よく聞きます。
しかし、学校に行くことで身につく社会性とは、一体なんなのでしょうか?

社会には、さまざまな年齢の方がいますよね? おじいちゃんも、おばあちゃんも、おじさんも、おばさんも、小さな子も。そんな中で、さまざまな人と関わるのは、確かに社会性だと思います。

一方、学校の、同じ学年の子がばーっと密集している、あの均質な感じ、そんな中で、いじめがあったりするあの環境は、それがたとえ社会性だとしても、かなり特殊な社会性だと思うのです。それに適応できる子もいるけども、適応できない子もいる。

そして、あの、学校の社会性に適応できなくても、それは、敢えて言えば大したことではないと、ぼくは考えるのです。

もちろん、学校の大切な役割はあります。行けたら、行ったらいい。しかし、大切な役割はあっても、唯一の役割ではない。

学ぶ場所、社会性を身につけるやり方は、ひとそれぞれで、その自由を認めることで、ずいぶん多くの人がラクになると思うのですが。

みなさんは、どのようにお考えですか?