植田工からドローイングが送られてきました。

デジタル (iPadプロ), A4サイズ     
タイトル: doodle #283 

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植田工 (うえだたくみ)
本ブログの「書生」。東京藝大油絵科に苦節、四浪して入る。
小説『東京藝大物語』に出てくる蓮沼昌宏、杉原信幸は同級生である。
高校の時は陸上部で、競歩で東京都で2位に入った(出場選手4名)。
画家、イラストレーターとして活躍中。集英社「UOMO」、 潮出版社『第三文明』で連載イラストを担当中。
池上高志氏の著作『生命のサンドウィッチ理論』では、挿画を担当するなど、本の装画、イラストも手がける。
これまでの作品に、『シーシュポスの神話』三連作、アニメーション『胸に釘の刺さった男の子』
近作に聖母子を描いた『マリア』シリーズがある。
「目黒学園カルチャースクール」で、絵画教室も開催中。
15歳からの造形教室
与太話をしているときは勢いがあるが、真面目な芸術論を戦わせようとすると急に「音圧」が低くなる欠点を周囲から厳しく愛情をもって指摘されている。
ラジオ出演をした時には、副調整室から、あまりにも声が弱いので、ディレクターの「だいなしじゃないか!」という叫び声が飛んだという伝説を持つ。 
たくさんの本格派、芸術系の映画を観ているが、その割には、芸術的感性を隠すのがうまい、誰もそんな教養があるとは気づかない、とも指摘されている。
カラオケの十八番はブルーハーツの『情熱の薔薇』と『銀河鉄道999』。

生涯の野心はアニメーションをつくることだとずっと言っている。

絵本もつくるつくると言っているが、一向にすすまない。

そういえば、LINEのスタンプもつくると言っていたような気がするが、今のところできた形跡はないようだ。


ツイッターアカウント @onototo 

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詩人のアンドレ・ブルトンが創始した「シュルレアリスム」は、「意味」の支配からの離脱の試みだったとも言える。今日においては、「シュルレアリスム」はブルトンらに加えてエルンスト、ダリ、マグリットらの画家のイメージが強いが、スタートは言葉だった。

シュルレアリスムにおいては、「オートマティスム」(自動筆記)が手法として重視された。意味を確定する意識の介在をできるだけ排除して、自分の中から出てくる文字列をそのまま作品とするのである。

パリのパンテオン近くのホテルには、「ここでシュールリアリスムが誕生した」というプレートがあり、オートマティスムの手法が初めて試みられたことを記念している。今日においては歴史的な意味しかないが、創造性のプロセスについての一定の洞察を与えるとも言える。

創造性においては、意味の支配から逃れることが必要である。もともと、「意味」は、神経回路網の中のユニットの相互関係から創発的、自律的に生まれるものであり、最初から外界にあるわけではない。したがって、固定されたものとして意味の体系をとらえるのは創造的ではない。

オートマティスムは、多くの場合ナンセンスを生み出すが、ナンセンスと新しい意味は近い関係にある。新しい創造は、しばしばナンセンスととらえられる。ナンセンスなものを意識の介在なしに生み出すことと、創造性の関係は深い。

子どもはナンセンスなものを見ると笑うが、それだけ自律的な創発に近いところにいるのである。一方、さまざまな意味の体系にからめとられている大人は、ナンセンスを拒絶したり怒ったりする。もったいぶった大人ほど、創造性から遠い存在はない。 

連続ツイート

 

虹が出た〜〜〜!

ねこちゃんたちが、パラダイスの上にかかったきれいな色のアーチによろこんでいます。

キャッツ・パラダイスでは、よく見てみると、いつもどこかに虹がかかっているのです。

今日も、幸せな時間が過ぎていきます。

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キャッツ・パラダイスは、茂木健一郎がiPad Proで描いています(ときどき、紙にペンで描いたものをスキャンして取り込んだものもあります)。

キャッツ・パラダイスは、ねこちゃんたちが、あるいは人間をふくめたすべての生きとし生けるものが、こんなふうに楽しく遊べる空間がこの世界にいつまでもありますように、 という願いをこめて描いています。 
  
 

 

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