植田工からドローイングが送られてきました。

デジタル (iPadプロ), A4サイズ     
タイトル: doodle #257 

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植田工 (うえだたくみ)
本ブログの「書生」。東京藝大油絵科に苦節、四浪して入る。
小説『東京藝大物語』に出てくる蓮沼昌宏、杉原信幸は同級生である。
高校の時は陸上部で、競歩で東京都で2位に入った(出場選手4名)。
画家、イラストレーターとして活躍中。集英社「UOMO」、 潮出版社『第三文明』で連載イラストを担当中。
池上高志氏の著作『生命のサンドウィッチ理論』では、挿画を担当するなど、本の装画、イラストも手がける。
これまでの作品に、『シーシュポスの神話』三連作、アニメーション『胸に釘の刺さった男の子』
近作に聖母子を描いた『マリア』シリーズがある。
「目黒学園カルチャースクール」で、絵画教室も開催中。
15歳からの造形教室
与太話をしているときは勢いがあるが、真面目な芸術論を戦わせようとすると急に「音圧」が低くなる欠点を周囲から厳しく愛情をもって指摘されている。
ラジオ出演をした時には、副調整室から、あまりにも声が弱いので、ディレクターの「だいなしじゃないか!」という叫び声が飛んだという伝説を持つ。 
たくさんの本格派、芸術系の映画を観ているが、その割には、芸術的感性を隠すのがうまい、誰もそんな教養があるとは気づかない、とも指摘されている。
カラオケの十八番はブルーハーツの『情熱の薔薇』と『銀河鉄道999』。

植田工個展「doodle drawing」2017年1月13日(金)~1月28日(土) 
東京都目黒区青葉台1-14-18 1F MDP GALLERY-B
http://mdpgallery.com/news/856/

ツイッターアカウント @onototo 

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自分自身を「外」から見ているかのように客観的に見つめる「メタ認知」を高めることは、案外むずかしい。「鏡」というメタファーが使われがちだが、私たちの脳は鏡のように視覚的情報が十分に提供されている時でさえ、認識することは難しい。ましてや性格のような抽象的属性においてはなおさらである。

自分自身をメタ認知することの難しさは、暗黙知の構造にある。自分にとって当たり前のことは、それを特別なことだと認識することが困難なのだ。その「差異」に気づくためには、往々にして他者とのすれ違いが必要になる。

変人は、自分が変人であると気づいていないことが多い。他人から見ればヘンなその人の思考、行動のパターンも、本人にとっては当たり前のことが多いからだ。逆に「私は変人です」と強調する人は、変人ワナビーで、変人にあこがれているだけのことが多い。

ある文化の中で当たり前だけれども、他の文化から見るととてもユニークなことにその文化の人が気づくことも難しいことが多い。子どもの頃からその文化の中で育っていると、他者から見た「差異」に気づきにくいのである。

自身のメタ認知を通して、自分のユニークさに気づくという認知プロセスは、このように案外むずかしい課題であって、そのプロセス自体が創造的であるということができる。メタ認知の階段を上がることで、私たちは自分運用のスキルを劇的に上げることができるのだ。

個性は欠点と長所が表裏一体になったものだが、自分の欠点をメタ認知することで、それだけで欠点に「パッチ」を当てることができる。自分というシステムの運用の強靭性が高まり、他人とのコミュニケーション力も高まる。その意味でメタ認知は一つの「革命」と言ってもいいほどの大きな変化をもたらす。

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