肌を突き刺さす太陽と氷のように冷たい風、ぎゅっと締めつけられるほどの薄い空気。そして、どこまでも深いヒマラヤンブルーの青い空。

そろそろ戻る時が来ました。

4月9日から、エベレスト北壁の無酸素・単独登山に戻ります。

そして、再び冒険の共有も行います。

色々ありましたが、まだ終わってません。

毎年、気象条件の厳しい「秋季」のエベレストに向かい続けてきました。

秋は春よりも気象条件が厳しく、春のエベレストは1シーズンに800人の人が入り、山頂近くでは渋滞します。

秋季は深い雪とジェットストリームと呼ばれる烈風が吹くため、通常の遠征隊はほとんど誰も向かわず、たまにマニアックな猛者しか来ません。

よく人から「なんで春にいかないの?春に行けば登れるに。」と言われて、答えたくてもうまく説明ができず、口を閉ざす自分がいました。

山に向かう時に最も大切にしていることがあります。

それが「feel」感じるということです。

登頂しても「feel」が無ければ、自分には登る意味が無いのです。

「feel」は、自然と向き合う時に自分の中から生まれる不安や恐怖、そして時おり見せる山の優しさ。

それら自然そのものを感じながら登ることができなければ、自分の場合はせっかく登っても意味が無いと思っています。

それは考えてそうなったのではなく、自分の心そのものでした。

そこには成功や失敗、損得などは無い世界です。

昔、学生の頃にビンソンマシフ(南極最高峰)に向かった時でした。

ビンソンマシフは、7大陸最高峰の中で単独では許可がもらえない山です。

日本からの交渉が難しく、どうしても単独で向かいたかった僕は、最後は現地で交渉しようと向かいました。

行ってみて分かりました。

英語が話せない。。と。

伝えようとすればするほど、あいつは危ないヤツだと思われてべースキャンプで南極の飛行機を運営する会社の人達に監視されました。

プンタアレナスに戻る飛行機が日に日に近づき、日本にいた当時の事務局スタッフに現状を伝えれたところ「お金ももったいないからとりあえず登った方がいいよ」と言われ、また飛行機を運営する会社から最後の公募隊に入りなさいと言われて、しぶしぶ5人のツアーに入れてもらいロープで結ばれました。

そして、登りはじめて5分もしないうちに涙が止まらなくなりました。

僕は立ち止まり、ロープを外したのです。

大泣きする自分に、外国人ガイドが「You are crazy!」と罵り、他のツアー客に笑われました。

そして、僕は頂を背にして下山しました。

※数日後には見かねた飛行機運営会社の人が少しだけ登らせてくれましたが、風が強くなりすぐに下山させられました。

帰国した僕に南極の飛行機会社から「3人なら隊として認めるから後は自己責任で」と連絡が来て、山の先輩方々に相談し、2年後に様々な制約がありましたが、一人で登ることができました。

あの時にもし自分の心の声を無視して登っていたらもう山は登っていなかったかもしれません。

それだけ「feel」感じるということが、僕の登山で最も大切なことなのです。

なぜ栗城は無酸素で単独にこだわるのか、それは何かすごいことをやりたい訳ではなく、山と自分を感じたい。

それが秋季という人が入らない時季に無酸素や単独にこだわる理由なのです。

たくさんの友人と登る山も、楽しいかもしれない。

でも孤独や不安、ありのままの自然と自分を感じるながら登る山は決して孤独ではなく、むしろ細胞一つ一つが目を覚まし、自分の枠から解放されます。

しかし秋季エベレストでは、気象条件が登る以前の問題として時々出てきます。

昨年の気候変動の影響を受けた秋季エベレストは雪が最も多く、7000mから先は腰まで埋まる雪を泳ぐようにラッセルして、7400mで下山しました。

もし今年も同じ気象条件であれば、ベースキャンプで結果は見えてしまいます。

昨年は登山許可ギリギリまで粘りましたが、あまりにも好天のチャンスが少ない。

下山後、季節を変更し再挑戦を考えていました。

一つは冬季です。

冬季は、エベレストの雪が最も少ない季節です。

逆に最も雪が多いのは「モンスーン」と呼ばれる雨季のある夏です。

冬季は気温や気圧が低く、また日照時間が短いですが、「大雪」と「列風」のダブルパンチの秋季よりはチャンスがまだあります。

ただ、チベット側では8000m峰の冬季登山許可は出しておらず、交渉しましたが許可はおりませんでした。

春の通常ルートは数珠繋ぎになり渋滞。自分の感じる登山が難しいです。

しかし、昨年登った北壁なら誰も来ません。

平均斜度60度、標高差2800mのエベレスト北壁はまさに山を感じながらの登山ができます。

昨年、登ってみてここなら感じる登山ができる場所だと確認することができました。

7400mまで登り、深夜の下山を決意しましたが、深い雪の中で太陽が昇るのを待ち続けました。

それはルート全体を見渡したかったからです。

つまり、また来るためにその場に残り続けていました。

そしてその時がもうすぐやってきます。

合理性の求められやすい社会の中で、損得や手を伸ばせばすぐに手に入る成功ではなく、自分の心の声、自然の声を失わずに生きていきたい。

そんな登山を再びやりたいと思ってます。

行くよー!!

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