栗城史多 公式ブログ

2012年秋季エベレストで重度の凍傷になり手の指9本を失うも、2014年8000m峰を単独無酸素で登頂し復帰。今秋にエベレスト単独無酸素生中継登山に再挑戦!生中継を通し自分の山に向かう人を増やします。

今日は、都内で海運関係者の方々に講演でした。

そして最近、嬉しい事がありました。

今年の春のエベレストがネパールの震災を乗り越えて元に戻り、ネパールの観光業が復活したこと。本当に嬉しく思います。

昨年4月25日にネパールを大震災が襲い、甚大な被害がありました。

エベレストでも地震の影響でセラックが崩壊して、巨大な雪崩がベースキャンプを襲いました。

震災後の現地支援をしていた時に、登山ガイドやシェルパから「仕事が全くない。ネパールはもうダメだ」と悲痛な声を聞きました。

実際、ヒマラヤ登山の多くが遠征中止となり、イメージの悪化で観光客も登山隊も激減していました。

しかも地震に慣れていないネパール人や外国人は、アイスフォールや山が崩れて登れなくなっているという考えを持っていた人が以外と多かったです。

観光と農業が主産業であるネパールで、観光業が復活しなければ復興もできません。

現地支援から帰国した後、『ふんばろうネパール』を立ち上げて様々な支援活動をしながら、中国側からの秋季エベレストの準備をしていました。

なぜ中国側かというと、春より気象条件が厳しく登山隊の少ない秋に登頂を考えたとき、距離が短くアイスフォールも少ない中国側のエベレストの方がネパール側よりも登頂の可能性が高いからです。(この辺は後日詳しくお伝えします。)

しかし、震災の影響はチベットにも及びました。

国境が封鎖され、許可が下りないという連絡が来た時に、正直、遠征の延期を考えました。

でも、お世話になっているヒマラヤと仲間に恩返ししたいと思い、ネパール側からの秋季エベレストに挑戦しました。

エベレスト登山者は栗城以外に誰もいないという中、深い雪の中で二度アタックをして登りましたが、8150mで強風のために下山しました。

カトマンズに戻ると沢山の登山関係者と記者に囲まれ、観光大臣からも質問されました。

「エベレストは大丈夫か?!」

「もちろん、行けるよ」

ネパールはまだ震災によって倒壊した学校が多くあり、様々な問題がありますが、復興からさらに「復活」に進んだことが嬉しかったです。

ちなみに『ふんばろうネパール』では現在、2つの学校を作っています。秋にはできるかな~

昨年の「TIME」誌の記事です。
Nepal re-opened Mt. Everest to climbers for the first time since the devastating April earthquake

無事に帰国しまして、今日は講演のために札幌におります。

アンナプルナのベースキャンプからカトマンズまでヘリで飛び、そのまま香港経由の便で帰国しました。

本来の帰国予定は1週間前でしたが、予備日を全て使い果たし、ギリギリまで好天気のアタックを待ちましたが、最後の最後まで条件の整った好天の周期はありませんでした。

一つ反省点は、好天にならない時はならず、天に人は勝ることは無い。

それを分かっていながら、焦りと執着をして余裕を無くしてしまったことは本当に反省でした。

どうしようもない時だからこそ、「笑って明るく元気」に次に向かえる精神力を持たなくてはいけないと。

南壁の登頂者を調べると、最近は「秋」に挑戦しています。

アンナプルナ南壁の秋は風は強くても好天気の周期が多いようです。

2010年の春にアンナプルナ北側に挑戦した時に好天があったので、そのイメージを南壁に持ち込んでしまいました。。

近くのロッジ(宿)のおじさんが「今年は晴れないのよ~」と冷やかしに来ていましたが、また2年以内に戻ってきたいと思います。

ただ今回の遠征は決して無駄ではなく、3ヶ月後に控えている秋季エベレスト(中国側)に向けた目標の一つであった「リズム」と呼ぶ、高所に対する順応のスピード・耐久性を上げるトレーニングとしては効果をかなり発揮しました。

昔ならもう少し順応で苦しんだり脈や呼吸数が上がるのですが、安定して登り、またバランスも良かったです。

8000m以上の世界では酸素濃度が3分の1になりますが、さらに自信をもっていけると思いました。

日本は酸素が濃くて本当に幸せです。

まだ登山は続いています。

冒険の共有を行うための資金という地上の山登り、そして3ヶ月後に控えた念願の中国側による秋季エベレスト。

いいことも悪いことも全てに笑って明るく元気に向かって行きたいと思います。

※写真はベースキャンプに下りてきた栗城です。
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今回ベースキャンプに入ってから「丸一日晴れ」という日はなく、優れない天候の中でアタックを開始しましたが、6290mのキャンプから視界不良のため、頂上アタックをやめて素直に引き下がりました。

南壁の核心部であるロックバンド(大岩壁)を越えるのに、視界が無いまま向かうのはあまりにもリスクが高過ぎます。

ロックバンドはそれほど傾斜は無いですが、岩の一つ一つを目で見て確認できなければ登ることができません。

今回は遠征が始まってから今日まで、早朝から10時頃までは晴れますが、お昼前には濃い雲が山にまとわりつき、雪もしくは雨が降り出すことがほぼ毎日でした。

遠征序盤、いつもヒマラヤの天気予報でお世話になっている山岳気象予報士の先生から「8年前に遡っても調べても、この時期としては過去に例のない天気でモンスーンと似たような天気が続く」という情報が届いた時に、「今回は山と合ってないな…」と思いました。

尊敬する山の人が言ってました。
「山と合わなかったら、ベースキャンプでもやめる」

本当に直感力と経験がある人は、ダメは時は素直にやめます。

ヒマラヤは地形やその年の気候によって、日々の天候がかなり変わります。

アンナプルナ北側はそれほど影響は無いかもしれませんが、南壁は南からやってくる湿った空気が居座ってしまいました。

多少の悪天候でも行動は可能です。

しかし核心部であるロックバンド越えるには、全体を見通せる視界が絶対に必要です。

それでも諦めずに向かっていると、拳一個大の氷が左膝に落下。

激痛でしばらく動けなかったですが、今思えば山の神様に「今じゃないよ」と言われている気がしました。
 
体調も良く、気力も体力も十分やれます。

しかし、視界不良のまま突き進むのは「いい判断」ではありません。

むしろ視界不良を分かっていて向かい、そして帰ってこなかったら、それこそ本当の失敗。

改めて山は、冷静に山と自分を良く見れるかどうかだと思いました。

本当に精神の修行です。

じっと待ち続けること、そして引き返すことは精神的に辛いです。

しかしこの修行を乗り越えて、次は雪が締まっている秋にまたチャレンジしたいと思います。

今回の遠征で、何も得られなかった訳では決してありません。

ベースキャンプでたくさん本が読めた!ということではありません。

3ヶ月後に控えている秋季エベレスト挑戦に向けた「リズム」と呼ぶ高所(低酸素)における身体が、良い感じで仕上がってきていることを実感できました。

また2012年に凍傷で9本の指を失い、特に左手は親指が無くてピッケル(氷や雪に刺して登る登山用具)すら満足に持てなかったのが、今は両手でしっかりと氷に刺しリズム良く登ることができました。

軽量化のためにシュラフ(寝袋)無しでも寝ることができ、自分の中にある課題を一つ一つ越えてきました。

今年の秋季エベレストは、念願の中国側です。

中国側はネパールの側より距離が短く、そしてセラック(巨大な氷河)もあまり無くて、ネパール側よりも登頂の可能性が高いです。

今の「リズム(低酸素における耐久性のある体作り)」を大切にしていけば、良い登山ができると思います。

山の先輩から言われる言葉があります。
「生きていれば、必ずチャンスはくる」

引き返すことは本当に辛いですが、死んでしまったらもうチャレンジはできません。

生きていること、そしてチャレンジを応援してくれている皆さん、山の神様に本当に感謝です。

ありがとうございました。

※写真は、10日の登攀中、夕方に激しいあられが降っているキャンプ、11日に氷壁を懸垂下降で下りている時、下山途中に遠くに見える聖なる山「マチャプチャレ」です。

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