2016
年・春。清木場の楽曲制作が立ち往生していた。


6月から全41公演におよぶライブハウスツアー「RUSH」が始まる、その前に新曲のレコーディングを終え、ツアー前半終了のタイミングでリリースし、ツアー後半を加速させる計画だったが・・・。コレだ!と思える新曲をなかなか手にできないでいた。が、時は止まらない。タイム・リミットは刻々と迫る。

 そんなある日の事。ATSUSHIから連絡が入った。
「相談したい事がある」と。

二人だけで会う約束をした。場所は、二人でたまに利用する静かなバー。
「久しぶりだな」とグラスを合わせると、ATSUSHIは言いよどむ事なく、率直に告げた。


 「ドームに出てくれない?」。


 EXILE ATSUSHI LIVE TOUR 2016
IT'S SHOW TIME!!”の東京ドーム公演は8月27日と28日。

しかし、27日の清木場は、情熱大陸SPECIAL LIVE SUMMER TIME BONANZA'16への出演が決定していた事もあり、即答を避けた。


  ただ、清木場の心のなかに、たとえ出演が実現しなかったとしても、声をかけてくれたATSUSHIへの感謝があり、その夜の事を何かの形で残しておきたいと思った。

そして、二人が手と手を握る写真を自らスマホで撮った。


"3日くらい考えました。最初に思ったのはファンの事。ソロで10年やってきて、清木場俊介を支持してくれる仲間がいるわけで。その仲間がどう思うかなと。まずはそこでした。次が家族の事。
EXILEを辞めたとき、なかには「裏切者」みたいな言葉を投げかけてくる人もいて。
それを見たり聞いたりした家族がつらい思いをしたのを知っていますから。特に母親が。だから、家族にも相談しました。そうしたら、母親が「ATSUSHI君がせっかく誘ってくれたんだから」と、迷わず応援してくれて。「私もまた二人で唄っている姿を見たい」と言ってくれました。"


 
 新曲制作とATSUSHIからのオファー。

どちらの結論も手に入れられないまま、とうとうレコーディング2日前を迎えた昼下がり。


  「納得できる作品がどうしてもできないので・・・」


 都内某所にある清木場のプライベートスタジオで一方の結論を絞り出した。一旦、レコーディングのスケジュールを白紙にしてもらうよう、スタッフに告げたのである。スタッフは、それまでのプリプロ音源のなかに、「シングルで推せる」と確信を持てる曲もあったが、ここは清木場の意向を尊重し、その場からすぐに関係各所に連絡。
そうした慌ただしい対応が一段落したときだ。


  「それとは別の話なんだけど・・・。」

 清木場がこう切り出した。何事かと、戸惑うスタッフに事の経緯を説明した。
以前、「一番尊敬しているボーカリストはATSUSHIだし、唯一ライバルと公言できるのもATSUSHI」と、清木場が語っていた事を覚えていたスタッフは、「出演すべき」と主張した。

しかし、すぐには結論を得るに至らなかった。

スタッフが帰ったスタジオに清木場と川根来音だけが残り、ポリポツリと話し始めた。

二人は10代の頃からの仲間。早くから川根の音楽的才能に一目置いていた清木場が、ソロ活動を始めた10年前に声をかけ、行動をともにするようになった。長いつきあいのなか、語るべきは語り尽したと思っている。生き方も音楽についても。


「それでもあのときは久々に真剣に話しましたね。コレだ!と思える曲がどうして書けないのかと」

二人ともが納得できる答えは得られなかったが、清木場が提案した。

「今からもう1回死ぬ気でやって、夜の12時までにコレだ!と思える曲ができなかったら・・・。その可能性さえ見えなかったら・・・。そのときはしばらく音楽から距離を置いたほうがいいかもしれない」


  時計は夕方6時を指していた。

 レコーダーのRECボタンを押しっ放しにしたまま、ギターを抱え、ハミングしながら、時に即興的な言葉を乗せながら、清木場は手探りしていた。
1、2時間が経っただろうか、声には出さなかったが、清木場は思ったATSUSHIへの思いを唄ってみよう。

軽くコードを鳴らす。するとメロディがどこからともなくやってきた。


 ♪いつも追いかけてた・・・。


 自分でもどこへ着地するかわからない歌詞が口をついた。メロディが次々につながっていく。川根がメロディに合うコードを探す。清木場が止まらない。迷いなくサビへ。川根のギターが清木場の後を追う。コレだ!二人は顔を見合わせた。あれだけ悩み抜いた出口にわずか15分で到達。

レコーダーのなかの新曲を、川根がすぐに譜面に起こす。コードを確認。シンプルなリズムを入れ、ギターを弾き、清木場が唄える準備を急いだ。その間に清木場は一気に歌詞を書き上げた。


「音楽をやればやるほど、曲を書けば書くほど、いわゆる“降ってくる”なんて事が少なくなると思います。でも、あのときは運命的というか、劇的でした。」


 清木場の仮歌の録音が終わったのは深夜。二人だけの試聴会。清木場と川根の頬を涙が伝っていた。

新曲完成の報告と録りたてほやほやの音源をすぐスタッフへ送信。

そのときのLINEがこれだ。


──まさかの納得出来る曲が一曲だけ出来ました。
二転三転して申し訳ないですが、一曲だけレコーディングさせてもらえませんか?

ATSUSHIに向けての曲が出来てしまいました。

バラしてしまって無理だったら大丈夫ですが・・・──

 

 「みなさんを驚かせてすみません

   ATSUSHIが言った。


 2016
年8月28日の事。東京ドーム公演最終日のアンコール。


   ステージに現われたのは清木場俊介。

このシークレットゲストにドームが揺れた。しかし、清木場は気負いを楽屋に置いてきたかのようだ。

友達のパーティーにちょっと顔を出してみた、そんな気軽さをまとっていた。

そして、ライブでは約10年ぶりとなる共演が「羽 1/2」から始まった。


 清木場の肩の荷を軽くしたのは、リハーサルでのATSUSHIの一言だったという。

 「8月28日のステージの上だけはEXILE SHUNに戻ってくれ。」

  これで清木場の心が晴れた。さらに彼のなかの何かのスイッチが完全にONになった。


 当日、「羽 1/2」で始まった共演は、30分越えのEXILE 第一章メドレー12曲を含む全14曲。
1時間にもおよんだ。ドームは感動と興奮に包まれた。

「ふと見たら、ATSUSHIが号泣していました。で、しばらく唄って、また見たら、まだ泣いてて(笑)。」


この共演の衝撃は、終演後のSNSも揺るがせた。「SHUN,「清木場俊介」がトレンドワード入り。

 清木場も自身のInstagramに、ATSUSHIとのツーショット写真とともに、こんなコメントを載せた。


──はい。 皆さんお騒がせしてすみません() 。今日EXILE ATSUSHIドームツアー東京公演二日目にシークレットゲストとして呼ばれてまして 参加させて頂きました。 シークレットだったので 清木場俊介の仲間の皆さんには 事前に知らせることが出来なくてすみません。 今日の気持ちをまだ自分の中で整理出来てませんので また改めて報告させて もらいます。 やはりEXILE ATSUSHIは 偉大なる男です。 ありがとう。──


 共演の反響は、その字の如く、反射し響き続け、刻々と情報が更新されていくSNSでは、異例ともいえる1週間以上も途絶える事はなかった。

そして、清木場のライブハウスツアーの後半戦もスタート。各地で熱いライブが繰り広げられる。が、新曲のリリースは一旦延期された。ドーム出演前、無防備なほど正直に書いた、衝動のままに書いた胸の内を世に出してもいいのか否か、清木場が迷ったからだ。その迷いを振り払ってたのは、SNSから伝わってきた暖かいメッセージと、ライブ会場で目の当たりにした観客の姿だった。


「僕がこの唄を書いた理由は、ATSUSHIへの思いを唄っておきたかったから。でも、それは僕の理由であって、聴いてくれる人たちに何も強制する気がありません。1回聴いて飽きちゃう人がいるかもしれないし、一生大事にしてくれる人がいるかもしれない。地元の友達を思い浮かべる人がいるかもしれないし、元カレや元カノと重ねる人がいるかもしれない。そうやってひとりひとりの唄になってくれたら嬉しいです。もう10年以上も唄っている「唄い人」でも、唄いながら客席を見ると、自分のテーマ曲みたいに熱唱している人もいて・・・。自分の人生と重ねて聴いてくれている顔をしている人もいるし…。それって最高ですね。10年、ソロでライブをやってきて、僕の唄がライブにきてくれる仲間ひとりひとりの唄になっている、つまりライブで唄が育っていると、RUSHツアーでも改めて実感しました。だから、ATSUSHIへの思いを書いた「友へ」も、僕が唄い続ける事で育っていってくれると思います」


  絵空事では書けない唄。10年、いや、それ以上の時間をかけ、やっと書けた唄。それを10年、いや、それ以上の時間をかけ、ずっと育てていく。EXILESHUNATSUSHIの絆から生まれたこの唄が、いつの日か、清木場と彼の唄を愛する人たちを結ぶ絆になる。差し延べた手をしっかりと握り合う友の賛歌になる。

 「友へ」のなかで清木場は唄う。

──これからも手を紡いで それぞれの夢の場所へ。──


と。シングルのジャケットになっている、あの夜に撮った写真もそう唄っているように見える。