報道機関による信じられない人権侵害が起きた。
 産経新聞グループのネットニュース「産経ニュース」が6月16日、「TBS番組『街の声』の20代女性が被災地をリポートしたピースボートスタッフに酷似していた?!『さくらじゃないか』との声続出」というタイトルの記事を掲載した。
 
 ことの次第を簡単に記そう。
 TBSの報道番組『Nスタ』で、「舛添知事の辞任を受け次の都知事は誰が?」という街頭インタビューで若い女性が蓮舫氏の名前をあげ、彼女への期待を語った。ただそれだけなのに、記事はそれを問題視する。

「ところが、この女性は同じ『Nスタ』で、熊本地震後に熊本・益城町の避難所前にマイクを持って立ち、レポートしたピースボート災害ボランティアセンターのスタッフの女性と酷似していた。」

 そして、ネット上では「やらせ」という書き込みが続出していると伝えるのだ。
 ここには二重、三重の問題がある。
 まず、その街頭インタビューの女性は、国際交流NGOピースボートのスタッフではない。それはこの記事が出てすぐ、当該NGOが正式に否定した。彼女はいまも熊本でボランティア活動を継続中だそうだ。
 
 さらに問題なのは、万が一、そのスタッフがたまたま通りかかって街頭インタビューにこたえたとしても、それだけで「やらせ」になるはずはない。ただの偶然の一致であろう(繰り返すが今回はそれでさえなく、まったく無関係な人物であった)。

 テレビにおける「やらせ」とは、ただの過剰な演出や不自然な再現を超えた「事実ではないものを事実と見せるねつ造、でっち上げ」を意味する重い言葉だ。たとえばこの番組でいえば、街頭インタビューと称して全員があらかじめ用意された台本をわたされた役者だった、という場合がそれにあたる。このケースがどの角度から見てもそれにあてはまらないことは言うまでもない。

 そして、それ以上に問題なのは、この記事がピースボートへの取材はいっさいなく書かれたことだ。おそらく書いた記者も「同一人物ではないな」と気づいており、もし取材すればあっさり「別人です。本人は熊本にいます」と否定されて記事として成り立たないと思ったので、あえて“とばし”で書いたのだろう。「ウワサになったことじたいを取り上げたのだから何が悪いのか」と開き直りの気持ちもあったのかもしれない。

 しかし、ちょっと考えてみてほしい。記事に取り上げられた女性は、NGOで働く一般人だ。たまたまテレビインタビューでこたえたために顔の映像が残っているだけで、ふだんは顔や名前を露出させて表現活動を行っているわけではない。
 それが、「TBS」「ピースボート」というネットの一部の世界で「サヨク的」と見なされる記号が陰謀論的に結びつき、そこに「若い女性」というセクシズム(性差別主義)が加味されて、一気に人々の興味関心の対象となってしまった。 

――こいつ、許せないな。でも、目が離せないし語るのをやめられない。
 産経ニュースが「この女を見てみろよ」と読者らに注視や憶測という攻撃を煽動した対象は、公人ですらないひとりの私人である。しかも、その元になったウワサはまったくのデマなのだ。
 これはただの誤報ではなく、深刻な人権侵害である。
 
 本人を知る人から間接的に、彼女がボランティア活動に影響が出ることを怖れ心を痛めている、と聞いた。それと同時に、「こいつは誰だ」「調べたぞ、実家はどこで出身校は…」「ほかの写真もあった」と自分に向かう欲望の猛々しさに底知れぬ恐怖を感じているのではないだろうか。

 この報道によって起きた人権侵害の罪は重い。
 産経ニュースは当該記事を削除したようだが、「うっかりウワサレベルの記事を配信しました」ではすまされないことは、報道機関として自覚しているはずだ(と思いたい)。
 謝罪とともに、なぜこのようなことが起きたのか、記者の個人的瑕疵ではなくて構造的な問題であることを認めてしっかり検証し、再発防止のためには何をすべきか、対策を公表してほしい。
 産経新聞社には、検証のための第三者委員会の立ち上げを要求したい。


本日放送予定のNHKラジオ第1「北海道まるごとラジオ」に香山リカがゲスト出演します!

6月16日(木)17:00~18:00 (北海道向け)

香山リカの「ことば模様」
香山リカが気になった『言葉』をきっかけに、ちょっと前向きに暮らしていくヒントを探っていきます。
第17回の言葉は、『チャレンジしていこう』

・「I LOVE JIMOTO
道内のさまざまな楽しいイベントをご紹介します!


前回、3月10日放送時の様子です。


北海道の皆様、是非お聴きください♪

 

 元朝日新聞記者の植村隆氏が、「署名入り新聞記事の内容は捏造である」と記されて名誉を棄損されたとして櫻井よし子氏やその原稿を載せた出版社を提訴している裁判の第二回口頭弁論が6月10日、札幌地裁で行われた。

 私はこの裁判を支える会の共同代表を務めているのだが、大学の授業があって残念ながら傍聴することはできなかった。

 無事終了したという報告とともに、先ほど、被告となっている出版社のひとつである「ワック」の準備書面が植村さんの弁護団からメールで送られてきたのだが、それがなかなかすごいものであった。

 全文をここにあげることは控えたいが、「ワック」の代理人である弁護士が作成したと思われるその準備書面の前半部では、吉田清治氏の証言がいかに間違っていたが延々と述べられている。そこは朝日新聞の慰安婦報道を批判する人たちがよく持ち出す話の域を出ておらず、とくに驚くこともない。
 
 問題は後半部だ。書面は朝日新聞がそれを取り上げた咎を責めるとともに、突如、吉田証言の間違いが発覚したあとに植村氏はこういう記事を書くべきだった、といったアドバイス(?)を行う。その文体というか口調があまりにフランクすぎるのだ。
 一部を引用しよう。

「即ち、原告の記事は、要するにこれまで日本人慰安婦はいましたが、朝鮮人慰安婦の人も見付かりました。しかし挺身隊出身ではなく、日本軍に暴行脅迫で連れ去られた人でもありませんでしたというべきものであり、だから吉田清治証言によりガックリしていた日本国民の皆様、良かったですねとでも書くべきものであったろう。それが最も正確だからである。」

 この後も、こんなカジュアルな口調の文章が何か所にも登場する。
 いささか駄洒落めいてしまうが、「裁判に公式に提出された準備書面に『ガックリ』などの単語があって『ビックリ』」だ。 
 私はこういった書面に明るいわけではないが、最近は裁判でも、ツイッターのつぶやきか個人ブログのような書き方がトレンドなのだろうか。もちろん、大切なのは書面の内容であって文体ではないが、このやっつけ感満載の文章から内容も推して知るべし、とだけはつけ加えておこう。
 早く被告サイドが全文をどこかに公開してくれないかなー(とカジュアル風に)。

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