こんばんは。




僕です。





ゼロ、という、数字。


他の数字に比べて、出来たのが遅い、という、よく聞く話。



物を数えたくて作った道具だもの。

「0個」はたしかに、示す必要が無い。




数字の0の、漢字はご存知ですか。



零、と書きます。


飲み物なんかを「こぼす」の「零れる」ですね。

零してすっかり無くなっちゃった、って意味なのかと思ったら、


意外や意外、零れた「しずく」の形が、数字の0に似てるから、だそう。



なんかすごい微妙。

ゼロも水滴も、何だか不憫。





在る、ってのは、それだけ自然なことなんでしょう。きっと。




無くなっちゃった時のことなんてきっと、あんまり考えないのが、自然なんだと思います。



よくある「今あるもの全てに感謝しましょう」的なやつは、

素敵な発想だけど、かえって全部が堅苦しくて疲れてしまう気がします。




自然に、在りましょう。


珍しくたっていいじゃないですか。



「珍しいものが在る」は、自然なことでしょ。多分。




「無い」は、自然じゃないです。

「無い」は、特別です。

悲しいです。

特別悲しいです。





在る、は、特別じゃないです。



嬉しいことは、別に特別じゃなくてもいいんじゃねえかと、僕は思います。



在ってください。




話はそれからです。



在るだけでいい、かどうかは、まだわかりませんが。


無いよりは、ずっといいです。



無いのは、ゼロです。

ゼロは、基準値じゃないです。

ゼロは、良くないです。





在ったら、1です。


1が、触れるものの基準値です。


1だけ、在ってください。

自然で、とてもいいです。


僕からのお願いです。





けい

こんちは。


俺です。





昨日の夕方、友人のバースデーライブに遊びに行きました。




僕がまだJARNZΩに入る前、ウダウダしてた頃によく一緒にライブしてたバンドが出演してました。


その頃のことを色々思い出しました。





当時僕は、どちらかと言えば彼らに対して憧れを感じてる側だった。


もう5年も6年も前になるのかな。

彼らは間違いなく、「活躍」してた。




一方俺は、そんなでもなかったんだよなぁ。


でもあの頃からずっと「プロになりたい!」って思ってたから、
ステージでキラキラして、みんなからも慕われてる彼らに対して、僻み根性は間違いなく働いてたと思う。笑



そうこうして、俺がJARNZΩに入るのは24になってから。


昔からアカペラは「大学生のもの」だから、そのころには同じ歳のみんなはステージから離れてたんだよなぁ。



未だに歌ってる、奇特な先輩方ももちろんいるけれど。笑


やっと俺の番だ!って思ったのに、勝手にライバル視してた連中はだいたい居なくなっちゃってて、
なんていうか、そのときの変な喪失感は今でも覚えてる。



もちろん、そこと争うためにステージに立ってるわけじゃないんだけど、
でもなんか、やけに悔しかったんだよなぁ。





久しぶりに見る彼らは相変わらずキラキラしてた。




そりゃ、演奏のクオリティは現役当時には劣ってたかもしれない。




そういう意味では、その頃を知ってる自分を、単純に幸せだと思った。




向こうからすれば、ライバルとも仲間とも友達とも思われてないかもしれない。

正味そんなもんだった。当時のアタシは。笑





でも、だから頑張ったとこはあるかも知れない。

っていうか、今でも頑張れてる部分もあるあもしんないなぁ。笑




とか考えながら、少しドギマギしながら「ごぶさたー」なんて声をかけたら

「わー岩城さん久しぶり!」って、キラッキラした笑顔で言ってくれるみんなを見て、




ああ、なんか、俺に足りないのはこういうトコだなーって、


28にもなって、人との関わり方を反省した次第でした。笑





久しぶりに会う人が元気だと、それだけで嬉しい。


そう感じてしまう年になってきたこと、
そう感じられる自分になれたこと。


色々考えた昨晩でした。笑





さてと、リハに行きます。







くまちありがとね。







けい

こんばんは。





僕です。





お久しぶりですね。






去年、JARNZΩが今の5人になってから、レンジ作業をまとめとくフォルダを新しくしました。

CAM00631.jpg



ジングル的な短いのもあるし、ライブ用とレコーディング用で別だったりもするから正確な曲数ではないんだけど、にしても月に4~5曲。

歌ってないやつは基本的に無いハズ。
メンバーすげぇなぁって改めて思います。笑








ちょっと細かい話になるけど、

一昨年くらいまでは、「新しいアカペラ」っていうテーマでJARNZΩは動いてたし、僕もそういうアレンジに挑戦してました。


他の人が「アカペラであまりやってないこと」を模索して、

主に「ロック」とか「大音量」に軸を設定して、音を作ってたんです。



でも、「これアカペラでやる必要あんのかな?」っていう疑念も抱っこしてました。









この頃は、以前より「声」に重きを置いて音を作ってます。


逆に「アカペラ」っていう所からは、少し離れてるようにも思います。


何が違うかって聞かれたら、説明が少し難しいんですけど。笑









「この曲、楽器が入ってたらもっとカッコよくなりそうだねー!!」ってわれるのは、やっぱり悔しいんですね。


そこは、僕の脳がまだアカペラ人だからなのかも知れません。笑






アカペラである必要性より、JARNZΩであることの重要さを最近は感じています。


JARNZΩの中で、何がどういう風に機能するのがベストなのか。


そう考えると、なんだかちょっと落ち着くのです。自分のことも含めて。




Flick The Switch!の曲をライブで歌う、っていう行為を経て、また一つ固まってきた「JARNZΩ」があります。


そういう意味でも、今のツアーはいろんな人に見てほしいなぁ。










何となくフォルダを眺めてたら、愛おしかったり苦しかったりしたので更新。




恋かよ。笑








けい

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