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自分の身に起きてる事実が脈々と続いていく中で、
どう感じていくか、
それを「人生」と呼ぶのかしらね。。

誰かしら人を巻き込んでいく訳だけど、
それに感謝して、いやナシであっても?
人生は続いていく。
歩きやすい、歩きにくいは個々にあったとしても。

人は自分のバックボーンからしか景色が観えないし、
自分の観てきた言葉、知り得たロジックしか口にできない。

言葉が過ぎる、
言葉が足りないと言われる人の解決法として、
相手に対してシンプルな敬意を持つことなのだと思うけど、
防御が強い人ほどそれができない感じがする。

最近よくよく感じることは
大人になるほど、より素直になっていくことだと思う。
その後にプライドや自信が寄り添って付いてきてくれるのだと。
自分の弱さに理由をつけ始めたら
終わりかなと自分では思う。

自分を見つめていくというのは、
案外、大変である。
自分と対峙するというのは、
ある時は死ぬ思いかもしれない。

自分の家を失った人、
またはそれを持たない人をホームレスというが、
本当の「ホームレス」というのは、
真実の自分を失った人のことをホームレスというのだ。 



羽田はわりと空いております。免税店はやはり日本が1番でしょうけれど、要らぬものは買わずに人のけのない場所でストレッチ。適当ストレッチ!
さて、石川さん、中国の暑さに耐えられるでしょうか?まぁ、それも流れだわ、、北京と広州へ。私の場合、LIVEというよりコンサート色が強い気がしますね。。まあ、日本も変わらないけど。今回は日本では今ではやらなくなった曲を歌う予定。さすがに忘れていたメロディがあったりして、、、忘却、、
日本もなんだか早めの夏日より。気を張らず生きましょう。では。羽田より。
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関係性が希薄だと
ポジティブな言葉をいくら貰っても
なんだか素通りしたくなるものだ。

道端から拾ってきた言葉を
簡単に当てはめてくれるなと、
いわゆる反感という気持ちが沸いたりするものである。
お互いの違いが返ってもろわかりする。
共感とは実は難しい。友人であっても家族であっても。

しかし考え方の起点と
いや戦ってる場所が同じ、、、
思いやりが等価配分される間柄、
本当の意味で分かり合えている同士は、

あえて言うところの前置きがあっての「がんばろう」は
心に染みて「ありがとうね、、」と言えるのだよなあ。

信頼関係があってのポジティブは
バックボーンを知った上でのものだからね。


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