欧米ではララランドの良さがわからない人が、
公共の場でララランド批判をすると
逮捕されるというネタのコントがあると聞きましたが、

映画ってそもそも
「ここが好きだ」「いや、私はそこはよくわからなかった~」
「これが好きならこれを見て!!」とか
人との感性の違いを楽しみながらわいわい話すのがいいのに、

社会現象になったものの良さがわからない人は
人間失格みたいな風潮ありませんか…。

今って特にみんなが良いというものに関して
「つまらない」と一言言うのに
とても勇気がいりますよね。

感性が人と違うのは
罪でもなんでもない
のに。

人と違うことをして生きろとか言われている世の中で
人と違うことを考えていると非国民みたいになる
のは
なんででしょう。

この、世間のダブルスタンダードみたいなものが
とっても気持ち悪いと感じる今日この頃。

でも私もあまりに周りが絶賛しているので
身内内好感度を落としたくなくて、
裏アカで様子をみながらつぶやくにとどめています。

(特にFBには絶賛している人が多いから書きづらい…小心者です…)

「つまらない」ってストレートに言うと、

「みんながいいというものを、あえてつまらないって
いうことで、自分は人と違うってアピールしたいんですよね?」


っていう人も出てきますけど、
なんなんだろう、その、「あえてつまらない」って…。
そんな深いこと考えてないけど…。

「みんなが良いというものの良さがわからない」ことって
何か悪いことなんですかね…?

フラットに感想を言っているだけのつもりでも
裏にいろいろ思惑があると思われてしまうのは苦しい。
気軽に感想が言えない世の中で、意見なんて言えるわけがない。

ララランドに関しては、私は、
みんなが良いという箇所を確認する映画であって、
ストーリーに没入して感情が揺れ動く映画ではなかったです。
でも、やっぱりそれは言いづらい雰囲気があるんですよねー。

あくまで私にとってベストな映画ではなかった、ってだけで
「あれがいいと思う人はバカ」なんて1ミリも思ってないんですけどね。

(ちなみにストーリーに入り込めなかっただけで、
映像表現や曲はすごく好きでした。ザ・映画な夢見る世界だから
「スクリーンでみるべき映画」と言っている人の言う意味はわかる)

私は、ベタな恋愛もの、夢を追う系の映画に対しての
ツボがすごく狭いんだなーと改めて感じましたね。
映画に関しては麻薬戦争とか、アメリカ海軍特殊部隊とか
闇金融とか世の中の理不尽を扱ったものが好きです。

平和じゃないやつを見て、
自分の世界の平和を確認して、
私ごときの抱えてるストレスなんて、どうでもいいや…
って確認したいのかも。

夢を追っている人や
そのせいで、恋愛がダメになるなんてこと
自分でも経験あるし身近にもたくさんあるので、

だからこそ、感情移入した人もいるとは思うのだけど、

私は「まあ、あるよね」ってなんか冷静になっちゃうのと、
そういう場合、私は「夢>恋愛」と
自分の優先順位がはっきりしているので
この映画はあまり心にどしんとこないのだと思う。

(感情移入は出来なくても
ストーリー以外を楽しんで見れる映画だとは思います)

映画の楽しみ方はいろいろあると思うけど
私は見終わった後に
絶対に普段は考えないことを考えるのが好き。

恋人と父親とどっちがいなくなるのが悲しいだろう(←アルマゲドン)
とか隕石が落ちてきたらどこに隠れるべきかとか。

恋愛と仕事と、どっちを選ぶかという命題では
私はほとんど、仕事優先なので、
(これが家族だったら家族>仕事かな。
まあケースバイケース…)

「彼女にとって大切な瞬間に
彼氏が仕事のせいで立ち会えなかった」とかも
割と冷静に受け止めるんですよね。
それは全く、人生の一大事ではないから。

雑にまとめると、ララランドは周りの人が
何をもってして映画の良し悪しを
判断するかがわかる映画だと思いました。

以上~。

(でもこの曲は最近一日中聞いてる…
"I'm reaching for the heights"の軽やかに駆け上がるような
部分が好き!)

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追記:

最近見た映画で好きなものを聞かれたので
答えますが劇場で見たものの中だと
「SCOOP!」「この世界の片隅に」
「シン・ゴジラ」「闇金ウシジマくん」かなぁ…。

映画のコメントのお仕事を頂くこともありますが
有名人がコメントしてるから行こう、っていうより
趣味の合うこの人が推してるなら行こう、の判断で
使ってもらうほうがお互いに良いと思うんですよね。

食べログも、点数ではなくて、食の趣味がある
レビュアーさんをみつけて追うのが正解だと思う。