先日、実家に帰った時の話。

あんなにバンドを反対してた両親。



バンドで東京に行くのに

なんと、私に餞別をくれた。

困った時に使いなさいと、それは綺麗な紙に包まれていた。







胸が締め付けられた。

ただ、感動的な反面

心底、助かったと思った。

助かるわ、引っ越しの初期費用もいるし。

って言いながら、大事ななにかを噛み締めながら

私はこの時、素直に受け取った。











おかんが最近、携帯をスマフォに変えて

ツムツム(ラインアプリ)にハマっていた。

全然できてなかった。


教えてあげた。


慌てたらあかん!全然消せてないやん!

端から端までいかな!

おっさん押して!おっさん!(おっさん→おっさんみたいなディズニーのキャラのこと)






隣でわーわー言いながらプレイしてるのを見たら

私も感化されて

再度、ダウンロードして、久しぶりにやってみたものの

2.3回プレイすれば、

やっぱり飽きてしまい

容量もとられるし消そうかとも思ったけど

なんとなく、それから私は

思い立って起動させてはおかんにハート(1回プレイできる)を送るのが日課になっていた。




2人揃って、携帯を全然使いこなせていなかった。

おとんは、高齢でも働けるアルバイトを探していたから、インターネットでの探し方を教えてあげた。





久しぶりに家族と過ごした一日。




帰り、駅で、ばいばいって別れてすぐに

目が潤んできた。



大事に包まれた餞別は、両親やと思って大事にしようと思った。

その時、思った。

これは使わないでとっておこう。

このまま使わないで、何年先になるかわからないけど、笑って東京から帰ってきた時がきたら

ありがとうって言ってこのお金を両親に返そうと思う。

あわよくば、そのお金で美味しいご馳走でも食べに連れて行ってあげよう。

元はと言えば、あなたたちのお金やけどね。









自分で頑張って働いて稼ぐよ。





生まれてきてから煩わしい時は何回もあったけども。

なんていい親を持ったんやと心底思った。



なんとなく過ごしたたった一日と、

餞別に込められた気持ちと、

変わらない優しさに



とうとう帰りの道で、1人、涙を流してしまった。





必ず、笑って過ごします。

せめて心配のひとつもかけないように。


いつか、どうしようもないときがきても

涙を堪えて踏ん張れる、1つの理由ができました。


ありがとう。


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ツムツム頑張れ。







また明日!
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何の気なしにしたことが

人を傷つけることがある

それも、一生忘れられないような、トラウマになるかもしれないレベルの。



私も今までにそれで一度、人と絶交関係になって、自分も相手も傷ついたことがある。




人の嫌な記憶は一生消えない。



私はある人から好かれていても、ある人からはクソでしかない。



そんなクソな部分を歌わないと一生自分は人間界でもステージの上でも先に行けないと思った


今は自分の自信や確信ばかり歌にしてた

自分が気づいたことや
わかっていくんであろうことや

人に気づいてもらいたいことや

一丁前に、ステージで語っていたし

歌う歌の中にも、

どうやって生きていきたいかって

生きてるままの姿ではない理想の自分が顔を出していた



人間、あかん部分は他人に隠しがちである。

そりゃ人に好かれていたいから。

輝かしいステージでは尚更そうするだろう。

業界はよく知らんがそうしないといけない人がほとんどなんだろう。


私はそんなステージにあがるつもりはさらさらない

これは黒谷ギューンである私1人個人の話をしてる



ステージでも自然にいたい、いてるつもりやったのに

あの日、なぜか少し感じた違和感の正体をずっと考えてた

わかった




何面もある自分の面のうち、一面たりとも隠してステージに上がろうとすることに違和感を感じた


今とてもすっきりしてる



私はありのままを歌う

そのほんまの意味に気づく

遅すぎた、というか

忘れてしまっていた


自分はクズやって歌歌ってた頃に戻る


何回でも仕切り直せる


ただし、私はそれでも進んでいく

振り返ったからって0に戻るつもりはない

意地でも先に進んでいく

自分の中の階段の話





一生忘れたらあかんことがある。

感謝や感動や達成感、じゃなくて

自分の過ちや、戒め。




またなんか変わりそうな気がする

いや、変わらなきゃいけない




また明日

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珍しく、ふと人のブログを読んでたら

長すぎて途中でだれてしまって最後が肝心やのにそこまでたどり着かなかったり…

したのね


一方、ある人のブログはスクロールを一回もせずに読めてしまうくらいの短さやのに

読み切った直後から、そのまま自身の為になるような、"魔法の言葉"が書かれていたのを目の当たりにした時は

目から鱗が落ちた気分やった。


短すぎるのに、今まで読んだどのブログよりも忘れられない。



私のブログのようなものを長々と読むよりも、1分もかからず読めてしまうものが、実際に私の心を掴んだのだ。




私のブログが毎回だいたい、長すぎることは気にしたことは何回もある。

早ければ10分だが、実際に長くて4時間近くかかったこともある。


「あんな長いの毎日よく書くね、すごいね」等と人に会う度に言われることは多い。




でも、私は気づいている。







短い文章ですべてを伝えるほうが、難しいことを。






私はなにも難しいこともすごいこともしていない。

ただ毎日書いてるだけだ。

出来事や、思いや、訴え。

その全てを事細かく書いて、その細部まで読んでくれたとしたら伝わって当たり前なのだ。

その点、長い文章をたった何行にまとめて端的に読者に伝える方が本当に難しいと思うわけだ。




本音を言えば、別に長く書きたいわけではなく、熱い気持ちを綴ったり、ライブレポートを書いたりしたら要点をまとめたつもりでもついつい長くなってしまうのだ。

好き好んで長くなってるわけではない。

そんな感じでとうとう800日以上書き続けたブログ・・

それに慣れすぎて、

たまーに短めに完結してしまおうものなら「あ、今回少し短いな・・」と、更新ボタンを押す手が止まってしまうこともあった。


自分が作ってしまった長いブログの概念に勝手に縛られていたようだ。

そんなものを取っ払った。

理想を言えば、短くても伝わりやすいブログを書いたほうが書く方も読む方も気持ちいいと思っている。


だからと言って、とことん伝えたいことがある時はもちろんべらぼうに長くなったりもするよ。


とにかく、これからますますフリーに書いていくよ。


ってこと。


最近短かかったから、忙しいのかな?と心配されたりもしたから

そんなことないよ、と
なんとなく書いてみただけのブログでした。


まったく話変わるけど


冒頭に、

長いブログでだれてしまった、と言ったけど

もちろん全てに言えることではない。

最近読んだブログの中で

今日書いたブログなんかどうでもいいくらいに

これはバンドマン、シンガー中心に広まって読んでほしいものがある。

特にボーカリスト。

バンドマン(それでも尚、未来に媚びる Vo.がーこ)より


フラベリック錠。覚えた。

ありがとう、がーこ。


また明日!


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(撮影 まゆみん)





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