月別アーカイブ / 2015年08月


妻の実家が遠いという理由からか、我が家では時々「ママのお休み」がある。

今月初めに家族全員で妻の実家に行った際、妻を実家に残して僕は子供2人を連れて神戸に戻った。こうして今回も8日間の男三人生活が始まりました。

まぁ、こんなことが時々できるのは僕の母(ばぁば)や妹をはじめ、スケート施設のスタッフや仲間の助けに甘えてのことなんだけれども…。(感謝!)

そんな中、僕は単身アメリカツアーが控えている身でもあります。出発は8月30日(日曜日)。3ヶ月のあいだ毎日ハーフパイプショーを行うツアーに出演させて頂きます。

しばらく家族ともお別れ…。その前に子供たちとはしっかりと夏の思い出を作っておきたくて、神戸に帰宅して早速バダバタと行動を開始しましたっ!


仮面ライダーの映画を観に行った際は、次男が初めての映画館に大泣き(!)終始シアターの暗さと音量に驚きっぱなしで何度外へ逃げただろう…。だけど、その間も一人席に着いて映画を観続けた長男からは成長を感じました。


別の日には親子そろって人生初の流し素麺を経験させていただきました。水浴びをしてヘトヘトになるまで遊ばせていただきました。お世話になった皆さんに感謝です…!


時間があれば公園へも遊びに行きました。
子供は成長と共に遊び方はどんどんアグレッシブなものに変化します。以前は楽しそうに遊んでいた遊具も今はもう退屈で、また別の刺激的な公園を探さなければいけません…。。

とにかくバダバタして、イライラして、汗かいて鼻拭いて過ごした8日間。ようやく本日が最終日だったのです。

僕はまだまだ親としても未熟で日々子供たちから驚きと学び(そしてイライラ)をもらいながらもいま感じていることは…、家の中も戦場であるということ。

そこを毎日一所懸命に生き抜いているお母さんや主婦の方はすごい!子供と向き合って責任背負って子育てしている主婦(主夫)はすごい!外で働きながら子育てしている方はホントすごい!

きっと外で働くことと同じか、又は、それ以上に責任背負って毎日生きています。本当に尊敬します…。。


なにはともあれ。
今回子供たちとはたくさん遊べたし、笑わせてもらったし、寝顔は可愛いし、共に成長できた夏を過ごすことができたのではないでしょうか。

支えてくれた皆さまに感謝を…!



昨日8.8(エイトの日)、福井県のダイヤモンドビーチでハーフパイプショーに出演しました。

関係者・共演者の皆さま、お疲れさまでした。拍手っ!

この8.8のイベントを夏の活動のゴールに設定していたので、これにて私の夏は無事にひと段落ついたことになります。

この夏は日本ツアーを中心にドバイやイギリスにも行かせていただきました。いま思い返すとバタバタと音を立てて過ぎていったように感じております…!

ドバイでのショーはインラインスケートを未来に繋げるとても重要なイベント内容でしたが、弟・タケシとも力を合わせてベストなショーケースを披露できたと思っています!


イギリスの世界戦ではオンラインでスポンサーを募り、皆さまから頂きました支援金でイギリスまで行かせていただき優勝して帰ることができました。僕にとってはこの試合で着用したスポンサーの皆さまのお名前を書いたTシャツがトロフィーとなりました。


さらに、今年は日本国内でのハーフパイプショーの数も特別なものでした。福井県で3件、湘南、神戸で安床ブラザーズでショーを開催させていただき、各地で日本の夏を満喫させて頂きました!

久しい再会や、新しい出会いがたくさんあり、刺激をいただく機会が非常に多くあることに心から感謝しております。

ひとつひとつの経験から安床ブラザーズはどんどん成長しております!世界戦デビュー20周年の今年もたくさん汚いもの(汗や涙)を流しました!年々汚くなってます!笑

だけど、ここまで経験させていただくともう我々「安床ブラザーズ」にしか出来ない仕事が世界中で増え続けていく一方であります。そのことをしっかりと自覚して、今後も世界代表として苦難に挑んでいきたいと思っています…!


応援いただきました皆さま、本当にありがとうございました。たくさんの人に囲まれて幸せな夏でした!感謝。。

無事でなにより。


次は8.31から始まるアメリカのツアーです!また改めてお知らせ致します。


安床ブラザーズのお婆ちゃんは70年前に広島の原爆ドーム(広島県物産陳列館)で働いておりました。

お婆ちゃんからは「原爆が投下された8.6はたまたま熱っぽくて仕事に行かず、命拾いをした」と聞いたことがあります。

どうやら、今を生きるひとつひとつの命は僕たちが予想するよりも遥かに大きな奇跡の積み重ねみたいです。

奇跡がひとつ起これば次にまたひとつ奇跡が生まれるかもしれない…、時が経つとそれはどんどん裾野を広げて時代を変えていきます。

70年前にあんなことがらあっても、まだ平和には程遠い僕たちです。。

いま僕は海外をメインに活動させていただいております(おじいちゃんが知ったらきっと腰を抜かすだろう仕事をさせていただきました)。僕にとってインラインスケートは自分自身の人生と向き合う手段。他人を攻撃するのではなく、自分というものを極めるスポーツだったからこそ奇跡的にスポーツ嫌いの僕に向いていたのです。

ひとりひとりが己の可能性に挑戦し、自分自身と向き合っていけたなら、最も平和なことかもしれません。

終戦70年。

その時代の先祖の一所懸命な想いを想像し、悔しさも未練も引き継いでこれからを生きていければと思います。

感謝。。

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